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地図を辿る奴は冒険を知らない。君は地図を描いてる。

ひみつ
/ YUKI

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そして、「君」と呼べない人などどこにもいない
 高校に入学して最初の一ヶ月、特に入りたい部活もなく、毎日決まって話すような友達もできなくて、にぎやかな休み時間になると、ルーズリーフを一枚取り出して、だいすきな歌の歌詞をそこに書き込むのが、いつの間にか僕の習慣のようになっていた。メールアドレスを交換したりする楽しげな声が響く中、ひとりせっせとルーズリーフに文字を書き続ける僕の姿は、もしかしたら他のクラスメートたちから見たら、とても勉強熱心な優等生、もしくは、まるで何かの修行に励んでいる真っ最中のように映ったかもしれない。もちろん、そんな意図ではまったくなかったのだが。僕はただ、誰かに気付いてほしかっただけだ。何書いてんの? あぁこれ知ってる、あの歌の歌詞やろ? 何でもよかったし、誰でもよかった。誰かが僕の行いに気付いて、話しかけてきてくれればいいのに。そう思っていた。あて先が不明なままの、手紙みたいなものだ。それでも誰かが受け取ってくれればいいと思って、休み時間が来るたびに書いていた。
 返事は一向に来ない。それでも僕にも次第に、顔を合わせれば声を掛け合うような関係の人が何人かできるようになって、自然と休み時間はその人たちと話して過ごすようになった。当然、ルーズリーフに歌詞を書くこともなくなった。いま考えてみれば、あんなことをきっかけに話しかけてきてくれる人なんてそんなにいるはずもないのに、いったい何枚受け取り人のいない手紙を書いただろうと思う。せめてマリリン・マンソンなんかじゃなくて、もっとロマンチックな歌の歌詞を書いていればよかったのに。そんなことだから、いつまでたってもラヴレターを書くのがとても下手くそなのだ。


 前々シングルにあたる“うれしくって抱きあうよ”以来、「ひとり」を歌うことを止めたYUKIの、通算二十二枚目となる今年初のシングル。“うれしくって抱きあうよ”、そして前シングル“2人のストーリー”に続いて、この歌でもYUKIは、あくまで「ふたり」であろうとしている。以前の作品に見られた、ひとりの女の子としてのヒリヒリしたスリルはすでに鳴り止み、前二作のシングル同様、足並みの揃った「ふたり」の辿ってきた道のりを再確認するような、優しく穏やかな空気が全体を覆っている。疑いようのない多幸感に溢れた歌に感じられる。しかし気になるのは、この歌に登場する「ふたり」の関係について、その絆について、その強さについて、歌われていることが、たったのこれだけであるということだ。

 「三日月…夜空が笑ってるみたいに見えるよ」っていう話
 わかってくれて ありがとう


 サビというある種の絶頂の訪れと共に歌われるこの詞。それはまるで、この歌に登場する「ふたり」の愛の最大の高まりが、まさにそこにあったかのようにも聴こえる。しかしそれにしても、「ふたり」の愛の証明がそこにある、と主張するのに、この三日月のエピソードしかないというのは、いささか頼りなくも感じないだろうか。「夜空が笑ってるみたいに見える」という単なる思い付きを理解してくれた、ただそれだけ、なのである。何の根拠もないただの偶然と一笑するに、あまりにたやすい。銀色の指輪よりも脆く、キスほどの甘みもない、カタチすら持たない約束。そんな壊れやすい約束を、この歌はサビという最大の見せ場で、高らかに誇示してみせるのだ。
 しかし、この「ふたり」の愛に、それ以外のいったい何が必要だろうかとも思う。謎解きのようなものだ。三日月を見て、「夜空が笑ってるみたいに見えるね」と言う。それに「うん、そうだね」という大正解で答えてくれるかどうか。何も試しているわけではない。それに、何ならうまく正解なんてできなくてもいいのだ。そしたら「私」はまた「君」に、新しい謎を用意するだけのこと。ひとつでも正解してくれたら、それはすでに「ふたり」の勝利なのだ。僕も、いままで色んな謎を仕掛けたことがある。ルーズリーフに書きまくった歌詞だってそうだ。あいにく、「何書いてんの?」とその謎を解き明かしてくれる人はそのときの僕には見つけられなかったが、でももう知っている。もし君があの教室にいたら、きっと君は僕の席までゆっくりと歩いてきて、にやにや笑いながら話かけてくるに違いない。何年も月日が経って、ふたりでその、初めて会話を交わしたときのことを思い出しながら、僕が「あのときなんで僕に話しかけてくれたの?」と尋ねたら、きっと君は、「だって君が何かを書いていたから」と余裕の笑みで答えるんだろう。そしてその一言が、僕にとっての新しい証明になる。だって、君がそう言ったから。だって、君がわかってくれたから。たったそれだけのこと。しかしそれだけで十分なのだ。


 自分の仕掛けた謎を見事に解き明かしてくれた「君」。わかってくれた「君」。「ひとり」から「ふたり」であることにシフト・チェンジしたYUKIは、そんな愛しい「君」と「私」について、歌おうとしている。その愛しさにふさわしい言葉を、これまでYUKIは楽曲のタイトルに冠してきた。「抱きあう」「2人」、そして、この歌。家族じゃなくて、友だちじゃなくて、恋人じゃなくて。家族のようで、友だちのようで、恋人のようで。まだ、「君」と呼ぶ以外に、ふさわしい呼び方を知らないような、そんな愛しい関係。だからきっとこの歌は、このタイトルじゃないといけなかったんだろう。
 

 人は、ルールを作り、説明書を読み、辞書を持ちながら、しばしば生きたがる。そんな制約を楽勝で飛び越えて、僕の謎に真っ向から挑戦してくる愛しい君。そんな勇敢な君のことだから、いまだってきっと、色んな誰かの謎にユーモアの利いた答えを繰り出していることだろう。
 僕と君。ふたつの星が、いったいどんな星座を描くことになるかなんて、知っているやつはどこにもいやしないさ。それでもその星座が、ほんの偶然でも、気まぐれでも、綺麗に見えるときがあればいいなと願っている。
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