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うまく弾けないときにあんなにも悔しい思いをする楽器は恐らくピアノの他にはない

De battre mon cœur s'est arrêté
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ものまねピアニスト
 大好きな映画のひとつ。05年公開のフランス映画で、邦題は『真夜中のピアニスト』。フランス映画を鑑賞している、というただそれだけで、なんだか洒落た気分に酔えてしまう単純な思考の持ち主なので(「観ている」、ではなく、「鑑賞している」と言ってしまうくらい)、あまり当てにはならないかもしれませんが、この映画は本当に面白いです(前にも一度紹介しています)。時にはあくどい手段に打って出ることさえ厭わない悪徳不動産ブローカーである主人公が、家族や職場や女性関係といった不完全に拗れた様々な環境の中で、ピアノの音色に完全性を求めていく、といったようなお話。ピアノの演奏経験がある人なら恐らく誰もが経験するであろう、この美しい音色を他でもない自分が奏でている、という陶酔感。自分が世界を美しく染め上げていくナルシチズムとでも言いましょうか。そんな絶頂感も、うまくいかない人間関係に対する葛藤や戸惑いも、ふとした所作や表情ひとつで再現してしまうロマン・デュリスの好演が光る。そのロマン・デュリス演じる主人公(ピアニストになる夢を捨て切れずにいる)がエレクトロ系の音楽を愛聴している、という点も面白い。それはやはり、人間の感情の不安定な起伏を機械で裁断された規則的なビートと音の粒子に埋没させる、いわば人間の自我を放擲した無我の音楽と呼ぶことができる代物だからだ。自然と不自然という概念を同時に持ち合わせる人間。自然こそが完璧な美しさを内に秘めている、という自ら作り上げた前提を理解し、自分たち人間という生き物を自然からかけ離れた存在として観察しながらも、その完全性に憧れ、自身が不自然・不完全であることをなかなか認められない。感情と意識が邪魔をする、とは誰もが思ったことがあるだろう。それらを持つ人間さえいなければ、すべては上手に回転するのだ。
 先日テレビを観ていたら、「わびさび」という難しい言葉の解釈として、京都の茶道か花道かの先生が、「完全な人が見せるほんの少しの綻び」というようなことを言っていた。簡潔でわかりやすくて、とてもポップだなぁと感動したのだけれど、だとしたら、完全とされる自然を模して創られた、緑に溢れた庭園や枯山水に対するわびさび、そこに見られる綻びとはいったい何だろう、と考えた。それは、人間の手によって創られた、という綻びなのではないかと思った。人間の手で再現されるまでもなく、自然はその美しさをすでに持っているのだから。ピアノもまた然り、ではないか。ピアノはその美しい音色をすでにあの漆黒のボディの中に秘めている。ピアニストはその幾つもの音色の中から限られた旋律を引き出す道具のひとりに過ぎない。何かに憧れ、その何かを模そうと試みるのは、不完全な存在だけ。そんなジレンマが、やはり美しい音楽とスタイリッシュな映像美で展開される面白い映画。
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16:35 | 音楽 | comments (1) | trackbacks (0) | page top↑
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by: | 2011/02/27 01:44 | URL [編集] | page top↑

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