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Tiny Night Fever

Love Machine
/ The Miracles

Miracles-Love Machine
ドキドキウィーンガシャン、アイムジャスタラヴマシーン
 かの有名なモータウン・レコードの第一号契約アーティストとしても知られるザ・ミラクルズによる、75年に全米一位を獲得したナンバー。太く分厚いゴムのように弾けながら音を受け止めるベースライン、決して派手ではないが最低限の音だけで最高の演出を仕上げるブラス隊、そして何よりファルセットのボーカルがこの上なくセクシーで、非常に官能的なプロポーションを完成させた名曲である。日本では歌唱法にのみ用いられるファルセットという言葉は本来「不適切な声・発言」という意味も持っているようで、そのとおり、なんだか、たまたま開いていたドアのほんの少しの隙間からしか覗いちゃいけないような、大勢がいる真昼間には歌っちゃいけないような、要するにとってもイケナイ感じの魅力溢れる歌なのだが、ファルセットのコーラスワークが本当に素晴らしく、官能的でありながらも下品ではなく、ソウル・ミュージックの誇り高ささえ感じさせる。イケナイことの聖地とも言えるディスコでこれは栄えるだろう。愛する機能しか持たないロボット、ラヴ・マシーン。僕にはこんな美しい裏声は出せないが、僕がもしロボットみたいにぎこちなく動き始めたら(それはきっと君のせいなのだから)、せめてファミコンのコントローラーでも持っているふりをしてくれたらうれしい。


Relight My Fire
/ Dan Hartman

Dan Hartman-Relight My Fire
キングボンビーかあんた
 ザ・レジェンズというロック・バンド出身のダン・ハートマンによる79年のディスコ・ヒット。“インスタント・リプレイ”と並ぶ彼の代表曲である。ディスコ・ナンバーと言えばブラック・ミュージックを基調にしたものが主流だが、彼は青い目をした白人、いわゆるブルー・アイド・ソウルの歌い手のひとりである。メロディには優れるがグルーヴには欠ける、と言ったところか。しかしこの歌は本当にすごい。黒人のシンガーが歌声ひとつで成し得てしまう強烈なグルーヴの部分を、天変地異的ど派手なアレンジで補うどころか凌駕してしまった感すらある。「僕のハートにもう一度火をつけておくれよ!」というような内容だとこれまでずっと勘違いしていたので、手の生えたスポットライト星人が演奏してんじゃねーかと疑いたくなるピアノとオーケストラを聴くたびに、もうすっかり火ぃついちゃってんじゃん、と思っていたのだが、どうやらこれ、相手のハートにもう一度火をつけようとしてるんですね。十年の歳月を越えてようやく納得。力一杯歌声を振り乱す(それとも、「取り乱した歌声」?)彼のボーカリゼーションもそのメロディも非常に魅力的だが、この歌の絶頂はやはりそのボーカル・パートが終了してからの演奏にある。終盤に訪れる一瞬のブレイク、そしてそこから、いよいよスポットライト星人たちの持つ楽器からも火が吹き始め、もしかしたら願いは届いたのかもしれないという予感(というか届こうが届かまいが知ったこっちゃないという狂喜乱舞)だけを残して、お決まりのフェードアウトへ――。完璧。


Somebody Else's Guy
/ Jocelyn Brown

Jocelyn Brown-Somebody Elses Guy
僕のディスコ・クイーンになって
 小さな小さなナイト・フィーバー、最後はジョセリン・ブラウンが84年に放った永遠のクラブ・クラシックであるこの歌。ジョン・レノンやボブ・ディランの作品でセッションした経歴を持つ彼女。79年に開始されたディスコ・プロジェクトであるインナー・ライフのリード・ヴォーカルとしての活動と平行して数々のアーティストの作品にフィーチャー・ヴォーカルとして参加、その後、84年にアルバム『サムバディ・エルスズ・ガイ』でソロ・デビューを果たした。そこからのタイトル・トラックがこの歌で、全米R&Bチャート二位を記録している。多くの日々と思い出を共有したふたり。近づいていくあなたとの距離。この最後の窓さえ開けることができれば、あなたに触れられる――。しかし、ブラインドの隙間から覗いた窓の向こう側にあったのは、あなたの嘘。あなたは、他の誰かの男。明かされた事実を前に、しかしこの最後の窓辺からなかなか離れることのできない女性のいらだちと狂おしさという難しい感情の表現を、ジョセリン・ブラウンの圧倒的な歌唱力が可能にしている。実は今回紹介した三曲、どれも十年ほど前に全盛を誇ったノンストップ・ダンス・コンピレーションの傑作であるダンスマニア・シリーズ(僕の音楽体験のルーツは間違いなくここだ。本当に素晴らしいコンピ・シリーズである)を通して知った楽曲なのだが、当時から自分の部屋でヘッドホンをして、ジョセリン・ブラウンのパワフルな歌声を聴きながらひとり踊っていた(『ダンスマニア・クラブ・クラシックス』の第一曲目である)。大好きな歌だ。この歌からグルーヴを学んだと言ってもいい。こんなにも悲痛な歌なのに、しかし踊りださずにはいられないというジレンマ。踊れないなら踊らされればいい、というディスコ・マジックが、この歌では奇跡のように起こっている。グルーヴという、つまりはイカした様。だって、ブラインドを上げる彼女の姿は、本当はそんな余裕なんてないくせに、めちゃくちゃかっこつけてるし、実際めちゃくちゃかっこいいじゃないか。アフリカからアメリカへと強制的に輸送された黒人たち。二度と本国に帰ることのできない彼らが、他国語である英語を引き受けて歌ったものがブルースという音楽の血に流れる運命的な悲しさだとすれば、この凄まじいグルーヴこそが誇り。いつだってどこでだって、わたしは踊ることができる、という最高にイカした誇り高さである。
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