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僕がYUKIを聴く理由、知ってる?

二人のストーリー
/ YUKI

YUKI-二人のストーリー
君は、僕以上に、僕に似ている
 数字の中では、「12」が一番好きだ。なぜって、この数字には物語がある。「1、2、3、4……」とそれまで等間隔で並んでいたはずの二種類以上の数字が、これまでになく接近する瞬間。「1」と「2」が、照れ臭そうに少しだけ隙間を開けて、それでも肩を寄せ合おうとしている。ひとつとひとつが、初めて「ひとつ」になるとき。「10」だってそうじゃないかと思われるかもしれないけれど、「1」と「2」の方が、なんだかとってもロマンチックじゃない。少なくとも僕はそう思うのだけど、どうだろう。

 YUKIの新曲が発表された(もう次の曲出てるけど……)。
 前作となるシングル“うれしくって抱きあうよ”がリリースされた当初は、恥ずかしい話、あれがこんなにも決定的な歌だとは思いもしなかった。先月発表されたこの“二人のストーリー”を聴いて、強く思う。ひょっとしたら“うれしくって抱きあうよ”は、YUKIを再び派手なステージに連れ戻した“JOY”よりも、胸の中に大切に仕舞っていた風景を取り戻した“汽車に乗って”よりも、もっともっとメモリアルでラジカルな歌だったんじゃないか。このブログでは、グダグダな歌だ、としか書いてこなかったけど、この“二人のストーリー”を聴くことで、わかったことがある。“うれしくって抱きあうよ”がきっかけだったんだ。とうとう、と言うべきか。まさか、と言うべきか。YUKIの歌から、「ひとり」が消えた。
 02年に記念すべき初のソロ・アルバム『PRISMIC』を発表して以来、YUKIは長年「ひとり」を歌い続けてきた。それは必ずしも独りぼっちや孤独を意味しない。あなたや君という明確な他者が登場する歌でさえ、それは彼女にとっての「出会い」であり、そこには、わたしという「ひとり」がいつまでも保たれていた。すべては自分に対する証明だったのかもしれない。出会いと別れを繰り返し、絶頂的な喜びと、波打つような哀しみをくぐり抜けた、他ならない自分自身への。僕たちにはもちろん、未来のことはわからない。道なき道を進むということは、道はいつだって後ろ側に伸びていく、ということだ。当然後ろ向きな意味ではない。YUKIは、常にその長い道のりを歌い続けてきた。やってきては通り過ぎていく人々、横切る風景、頭上にはいつも気まぐれな色彩が広がっている。ときには背中の向こうを振り返り、そしてまた前を向いて、未だ見ぬ誰かや何かに胸を躍らせる。出会いや別れの感触、過去や未来の距離、壊れやすい感性の切っ先がとらえたそういう情報から、自分自身という「ひとり」とこれまで歩んできた道のり、すなわち「いま、ここ」を、証明し続けてきたような印象がYUKIの歌にはある。そしてだからこそYUKIのディスコグラフィーは、それそのものがすでにひとつの物語として、どこまでも地続きな、優しく、そして強固な地盤を形成し続けてきた。YUKIの音楽を聴く人なら、わかってもらえるんじゃないかと思う。
 YUKIの歌には、例えば雨や星といった、情景的なキーワードがとても多い。そしてその風景の中に「ひとり」を見出すことで、YUKIは様々な場所に自分自身を証明してきた。『joy』以降、音楽性がポップになればなるほど、そのミラクルな跳躍力は顕著になっていったような気がする。幻想、夢、過去、未来、あなた、すべての時間と距離を超え、どこにでも自分がいられることをYUKIは証明してきた。地図さえなければ、人はどこにだって行ける。大気を埋め尽くす無数の雨粒のように、夜空に星原をなす無数の星々のように、YUKIは至る所で輝いてみせた。そしてそれはまるで月明かりのように、どこまで行っても還ってこられる「いま、ここ」の「ひとり」を照らすためにこそ、光を発信し続けていた。
 しかしその一方で、月の裏側はというと、いつだって真っ暗である。そういうことなのではないか。“二人のストーリー”を聴いて、そう思った。これも決してネガティヴな意味ではない。僕が言いたいのは、まだ光り輝ける場所があるのではないか、ということだ。そこに、YUKIが抱きあうことで知った初めての何かがあるのではないか、ということだ。抱きあうという、「ひとり」ではなく、「ふたり」でしかできない何かがあるのではないか。“うれしくって抱きあうよ”、そしてこの“二人のストーリー”が語り出す、もはや「ひとり」でないYUKIの物語が伝えることとは、そういうことなのではないだろうか。これらの歌はもしかすると、これまで自分の力によってこそ「ひとり」としての自分自身を証明し続けてきたYUKIが、初めて自分以外の誰かに証明されたことを歌った歌なのではないだろうか。数多くあるYUKIの楽曲の中で一番は決められないが、僕が最も思い入れの強い歌である“ハローグッバイ”の中に、こんな歌詞がある。「私が見てきたすべてのこと/むだじゃないよって君に言ってほしい」。まさにこれではないのか。「ひとり」と「ひとり」が出会い、抱きあったとき。その奇跡のようなタイミング以外に、いったいいつ、月の裏側までもが輝き始めるというのだ。
 この“二人のストーリー”の登場人物は、「いつまでも君の横顔を見て」いる。これはどういうことだろう。真正面を取り逃がしてしまうすれ違い、かもしれない。しかし重要なのは、隣にいる、ということだ。距離や隔たりなどもはや関係ない。どこにいても、隣にいる、ということだ。君の横顔は僕が見ている、という思いだ。僕たちは、ただひとり、自分の顔だけは肉眼で見ることができない。そこは、月の光が唯一届かない、月の裏側。そこに光を送る、自分の知らない自分を証明してくれる誰か。自分を託すことのできる誰か。その誰かはもはや、自分自身とほとんど同じなのではないだろうか。

 ねぇ、ナンセンスなクイズをしようよ。
 君ならきっと、僕の横顔を見ただけでわかる。
 いま、何考えてると思う?

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