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「12」は「1」と「2」が寄り添う、アイ

Se7en
セブン
「7」は孤独な数字
 キリスト教の七つの大罪をモチーフにした連続見立て殺人事件に挑む二人の刑事を中心に物語りは展開する。デヴィッド・フィンチャー監督のヴィジュアリストとしての感性、高度なミステリー的巧みさに満ちた脚本、そしてブラッド・ピットのラスト・シーンでの名演技、と見所満載の快作。すでに楽園を追われ、罪を背負いながら生きていく人々。時に地獄よりも醜悪な顔を見せる、もどかしくも理不尽な現実社会への厭世観を描きながらも、モーガン・フリーマン演じる退職を間近にした老刑事の体験とそこから生まれた言葉が、目を逸らさずに戦い続けなければいけないという物悲しい勇気をかろうじて呼び覚ます。ハンニバル・シリーズのレクター博士にも通じるが、こういったサイコ・ホラー映画に登場するいわゆる観念的な動機から殺人を犯す異常犯罪者には、決まってそんな醜悪な世界を何とか上回ろうとして犯行に及んでいるような印象がある。ネタがバレるので細かいことは書かないが、この映画の真犯人が目指したもの、それは、世界からの脱出法。罪にまみれたこの世界から、いかにして綺麗に消え去ることができるか、ということ。そんな逃避的ともとれる幻想のために生きた犯人と、「こんな悲惨な世界に子どもを産むのか?」「無関心が美徳とされる世界にはうんざりなんだ」と哀しみに裏打ちされた力強さを鼓舞する老刑事の二人が圧倒的なコントラストを形成し、その狭間でどちらにもなれなかったブラッド・ピット演じる新任刑事、つまりは狂気的な状況に巻き込まれた一般人が、とてつもなくむなしい。「1」から「10」の整数の中で唯一周囲と関わりを持てない「7」。罪を背負った人々の絶対的孤独と、罪を見て見ぬフリをすることでこそ回転する世界の不条理、そしてそれゆえに新たに加えられる罪。見終わった直後にネットでいろんな人のレヴューを読んだのだけど、こう言ってる人が多かったな。「子どもには見せたくない」。子どもにはまだ早いと。この悲痛な現実と直面するのは大人になってからだと。デヴィッド・フィンチャーはこの映画はホラーだと言っているみたいだけど、子どもに回り道させるその一種の優しさこそ、人を無関心にさせる諸悪の根源じゃないかと思えてしまって、僕にはそれが一番ホラーだった。

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