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孤高

Diamond Eyes
/ Deftones

deftones-Diamond Eyes
和解できる場所を求めて
 開かれた場所では近年ますます息を切らしつつあるへヴィ・ロック界に、まだこのバンドが残っているという事実がどれほど頼もしいことか。ベーシストであるチ・チェンが交通事故で昏睡状態に陥ったことにより、『EROS』と名付けられるはずだった作品の制作を中断し、代役を立てて新たに一から制作された、前作から実に四年ぶりのデフトーンズ通算六作目となる本作『ダイアモンド・アイズ』。へヴィ・ロック減退のひとつの要因として、エンターテインメントとしての肥大化、ということが挙げられるかもしれない。歌詞にFワードを散りばめ世界に中指をつき立て、爆音と共に絶叫する。世界を過激に否定することを自己肯定に置き換える。メインストリームにおけるへヴィ・ロックは、いつしかそういった体裁的な音楽に性質を変化させていったような印象がある。本当に勝ち残った連中には、美学がある。世界の過ちやしくじりと対象としての自己肯定ではなく、へヴィネスそのものの中に「正しさ」を求めたということだ。そして、デフトーンズは、そういうバンドである。傑作『ホワイト・ポニー』以降の実験的かつ難解な作風から一転し、本作では攻撃的なへヴィネスがダイレクトに響いてくる作りになっている。そこには、いま手元にあるもので、自分たちが置かれた現状を把握した上で、それでもバンドを前に進めようとしたようなポジティヴな解釈を得ることができる。塀だけが立派な城は落ちるのが早いということを、彼らは知っているのだ。デフトーンズは轟音を武装には使わない。特に気に入って繰り返し聴いているのが八曲目の“セックステープ”で、タイトルセンスはさることながら、サビの絶頂の訪れと共に静かな高まりを迎えるバンド・サウンドと、チノの官能的な「トゥナイト」の連呼が最高にセクシーなナンバー。今にも切れかかっている脆く危険な糸にいたずらに触れようとするような、ゾクゾクする緊張感をギリギリのところ保った快音は、弾けそうなことがわかっていながらも思わず身を預けたくなる。本作制作において、彼らはそのプロセスを『ホワイト・ポニー』以降の編集型から初期のようなバンドとしての生のアンサンブルを重視する方針に転換させたという。五人の男たちが黒い轟音の海を作り出しながら、波と波がぶつかり合う狭間から声を絞り出す。その圧倒的なへヴィネスの正体は、暴力よりも遥かに「祈り」に近い。誰にも真似できない、文句なしの傑作。

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