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小田和正は「言葉にできない」思いのすべてを「ラララ」に託した

My Worlds
/ Justin Bieber

Justin Bieber-My Worlds
君から聞けば、すべての言葉は風になる
 ポップ・ミュージックとはまったく新しい言語を求めた音楽である。ビートルズが“ラヴ・ミー・ドゥ”を歌ったときから、それはそうだった。誰かもが教育を受けたありきたりな言葉を使いながら、そこに誰もが未知のメロディを添える。そのメロディが流れ始めるとき、「ラヴ・ミー・ドゥ」という言葉は「僕を愛しておくれよ」という誰もが知る単なる和訳としての意味を失う。そのメロディが流れる二分間のみ有効な、特別な意味を持ち始める。そこには、「ラヴ・ミー・ドゥ」のまったく新しい息遣いがある。特定の誰かから特定の誰かへという密室で交わされる言葉。そこでは、辞書で調べられるような言葉本来の意味はなにひとつ機能しない。ポップ・ミュージックは言葉を無効にする。どんな言葉も追いつけない思いがある。だからあえて、世界中のあらゆる言葉から意味を剥奪しよう。口ずさむ音はラララでもナナナでもWowWowでもンーバッ!でも何でもいい。世界中の誰もがその意味を理解できなくても、僕と君にだけはわかる。世界はここに、干渉できない。ここはミドル・オブ・ノーウェア。どこでもない場所。
 アッシャーの寵愛を受け見事デビューを勝ち取った、この若干十六歳の少年。CD二枚分の内容を一枚にパッケージした非常にゴージャスな内容の作品で、数多くの大物スタッフやゲストが一曲一曲のバックをがっちり固めている。その錚々たるや、こんなもん売れなきゃおかしいだろって気分。事実本作は、発表以前に収録曲のうち四曲がチャート上位にランクインを果たしているという実績を持ったアルバムで、どれもあくまで素朴なポップ・ソングだが、まだ声変わりしてねーんじゃねーかと思うようなあどけなくも甘い歌声とメロディのキャッチーさは秀逸。特に異彩を放っているのが現時点で彼の最大のインターナショナル・ヒット曲になっている“ベイビー”で、まだ酒も飲めない子どもが夜の郊外で精一杯「ベイベベイベ」連呼する、別になんでもない曲なのだが、これが不思議とクセになる。どんな陳腐な内容でも、完璧なメロディが響けば話は変わる。それは誰もが口ずさんだことのない抑揚と息遣いの新言語。全然馴染みなんかない、ともすればただ寒いだけの「ベイビー」なんて言葉を、もっともっと囁いて欲しくなる。完璧なポップ・ミュージック。それをこの子どもは余裕で歌う。

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