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恥ずかしい夜に

The Open Door
/ Evanescence

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悲劇の女王
 03年のメジャー第一作『フォールン』が全世界で1500万枚を超えるモンスター・ヒットを記録し、当時日本でも大いにチャートを賑わせたエヴァネッセンスが06年に発表したセカンド・アルバム。03年という年は個人的に思い入れ深い年で、リンキン・パークが『メテオラ』、デフトーンズが『デフトーンズ』、P.O.D.が『ペイヤブル・オン・デス』という傑作を立て続けに発表し、そして少し遅れてリンプ・ビズキットが『リゾルツ・メイ・ヴァリー』という疑わしき作品を発表した、そんな年だった。つまりは、へヴィ・ロックの隆盛と廃退が交錯した年だった。日本でも輸入盤から早くも火のついていたエヴァネッセンスが03年に降り立ったタイミングは完璧と言えた。へヴィ・ロックにまだ、少なくともいま以上に期待できた頃で、何よりボーカルが女性で印象的だったし、しかも歌唱力が並半端じゃなく、“ブリング・ミー・トゥ・ライフ”という必殺曲まで持っているという、破格の存在だった(リリース当時には「リンキン・パークmeets宇多田ヒカル」なんて言われたりもしていた)。何より『フォールン』のクオリティは素晴らしく、冗談みたいなセールスにも頷けた。でも、彼女たちが本当に特別だったのは、他のへヴィ・ロック勢(リンキンは違うけど。あ、デフトーンズも違うか。やつらはずば抜けて知的だからな。やばい。思ってたこと書けない。でも一応書いてみる)が暴力的な爆音で世界をねじ伏せ、言わば「加害者(なんかこう、つっぱったりして、かっこいいみたいな。リンプがいい例。そしてそれが「へヴィ・ロック」という音楽の体裁的な一面だった)」になろうと躍起になっていた頃、エヴァネッセンスのスタンスが明らかに「被害者」のものだったからだ。そこにあったものが、見当違いな怒りではなく、理不尽な悲しみだったからだ。音楽性が商業向けでゴシック・メタルの匂いを漂わせていた分、少し虚飾めいていて、そこに身を切るような切実さは感じにくかったが、『フォールン』に重々しく漂う空気感、そのある種の神秘めいた何かは、悲しみに他ならなかった。そこにエイミーのあの歌声が乗せられることで、どこまでも堕ちていく悲劇の美しさをあのアルバムは見事に演出していた。だから僕は未だに彼女たちの代表曲“ブリング~”にはいまいち馴染めなくて(あのラップ調の合いの手みたいなのダサすぎ)、でも久しぶりに“ウィスパー”とか聴いたらすごく感動した。ウェスの離脱や発売延期で完全にタイミングを逃したリンプの『リゾルツ~』に失望してからへヴィ・ロックはあんまり聴かなくなって、だからこのセカンドが発表された06年当時にはエヴァネッセンスにも全然興味がなくなってた。中古ですごく安かったから懐かしいなぁと思って買ったのだけど、予想以上にいいアルバムでした。ソングライティングの要のひとりが脱退して、どうかなぁと思っていたけど、エイミーがいる限り大丈夫だと思う。彼女たちの「ゴス」は単なる装いに過ぎない。その暗さはエイミーの内省の深みだ。エイミーが言葉の海でもがいている本作が証明してる。暗いけど、時々、すごく美しい。

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