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YUKIの世界がすごくって、僕の言葉じゃもう追いつけないよー!

うれしくって抱きあうよ
/ YUKI

YUKI-うれしくって抱きあうよ
約束の場所
 YUKIの38歳の誕生日である本日、ようやく発売日を迎えたファン待望の新曲。三月には同名タイトルの実に三年半ぶりとなるアルバム発表を控え、先日のMステスペシャルでは久しぶりにテレビでの露出もあって意気込みを感じさせたが、はっきり言ってこの歌は、例えば“JOY”のような、高らかなメモリアルを告げるタイプの歌ではない。決してこれまでのキャリアを明らかに刷新するような特別な歌ではない。木枯らしに吹かれるようにしなやかに体を揺らしながらこの歌を歌うYUKI。ビデオの舞台はあまりにも平凡に黄昏ている町並み。YUKIはその中で写真屋の店員を演じている。“COSMIX BOX”で復活したと思ったトレードマークのボブ・ウィッグも再び取った。歌声も、女の子のスリリングな表情を覗かせた昔のものとは違って、長い時間をかけて浮かび上がってきたような熟成めいたものを感じさせる。38歳とは思えない可愛さだけは嫌味なほどに変わらないが、そうやって考えてみると、所帯じみた、というのはちょっと違うが、YUKIもようやく落ち着ける場所を見つけられたのかな、と思う。そして実際この曲のサウンド・デザインは、ここ数年続いていたYUKI得意のキラキラのポップ・チューンとは違って、音そのものに人肌の温度と湿度を感じるような、非常に落ち着いた、温かみのあるものに仕上がっている。守りに入ったとか言い出すバカはひとりもいないだろうが、アルバムとタイトルを共有する言わば名刺代わりの歌としては、いささか地味ではある。そのタイトルも、“うれしくって抱きあうよ”。“ワンダーライン”とか“ランデヴー”とか“COSMIC BOX”みたいなイマジネーションの世界から連れてきた派手な言葉ではなくて、“うれしくって抱きあうよ”。なんというか、グダグダなタイトルじゃないか。新曲リリースのニュースで初めてタイトルを知ったときには、少なからず眉をひそめた。
 05年のソロ出世作『joy』以降、YUKIは簡潔で踊れるキレのいいポップ・ソングを歌い続けてきた。でもなんか前にもグダグダなタイトルの歌がひとつあったな、と思う。08年の春に発表された、“汽車に乗って”だ。あの歌も、今回と同じようにいつものポップ路線とは大きくかけ離れた地味な歌だった。でもそれは必然にしか思えなかった。あの歌が、他でもないYUKIの個人的な原点回顧の歌だったからだ。熱烈ファンからの超ヒイキ目なまったく冷静じゃない意見を言わせてもらうが、YUKIは絶対に浅はかな真似はしない人だ。これから新たなフェーズに突入する、というまさにその絶妙なタイミングで、YUKIは必ずと言っていいほどひどく個人的な歌を歌う。みんなに笑顔を振りまくポップ・ソングではなく、自分というたったひとりのための歌を歌う。しかしそれはもちろん、新たな挑戦を前に怖気づき自己の中に閉じこもる、などという臆病な逃避行為とはまったくもって無縁のものだ。自分を求めるファンからの声ではなく、まるで決心を固めるかのように、YUKIはまず自分自身の声に静かに耳を傾ける。自分の歩いてきた道程を振り返り、その過去への距離を今度は未来へと反転させるかのように、立ち止まっては足元を見つめ直し、そして再び前を向いて歩き始めるのだ。YUKIは常にそうやって自身のキャリアをここまで紡いできた。そしてその慎重さと大胆さ故に、ときに軽薄にすら思えかねないYUKIの明るいポップ・ソングには、それでいて大きな説得力があった。あのでっかい笑顔は即席の仮面なんかじゃない。何の根拠も持たない無責任なポジティビズムなんかじゃない。自分の過去をきちんと引き受けてきた人間の、力強さがそこにはあった。YUKIというひとりの人間の、軽いわけがないその過去が、弾けるポップネスをきちんと裏打ちしていたのだ。背景、と言えばいいかもしれない。YUKIのポップ・ソングにはいつだってその根拠となる背景があった。YUKIのキャリアの本質はそこにこそある。前進を続けながらも、自分の帰るべき背景を見失わない。いやむしろ、前進を続けることでこそ、これまでに通過した背景を次々と描き出していく。そして人は、背景なしに物語を語ることなど、できないのである。
 そしてだからこそ、YUKIのキャリアはそれそのものがすでにひとつの大きな物語を形成している。愛しいバンドのメンバーたちと袂を分かち、ひとりになっての再出発となった『PRISMIC』は、ときに陰鬱すぎる表情をも見せるほど自閉的な側面を持ったアルバムだった。続く『COMMUNE』は、そのタイトルが示すとおり、人と人とが関わり合うコミュニケーションについてのドキュメントだった。そしてそこで獲得した勇気は当然のように『joy』という喜びへと発展し、その先のさらに開かれた場所には喜びや悲しみがうなるように波打つ『WAVE』という新たな地平があった。そのつど自分の背景を歌い続けてきたYUKIのキャリアはどこまでも地続きな成長の物語だ。そしてひとつ、忘れてはならないことは、ソロ・キャリアの出発点となった『PRISMIC』を締めくくったあの一行。「もう うたえないわ」。そう歌わなければいけないようなところから、YUKIのキャリアは始まっているということだ。
 一見穏やかな曲調の新曲“うれしくって抱きあうよ”には、しかしよく耳を澄ませればところどころに危うい言葉が並んでいる。「欲しいものなら手に入れたんだ」。「振り出した雨止まずに びしょ濡れならそのままもいいさ」。「欲しいものなどもはや無いんだ」。力強いが、捨て鉢、と取れなくもない内容である。ビデオには、幸せ、と呼ぶにはあまりにもありきたりすぎる忙しい日常が描かれている。欲しいものを手に入れてしまったら、怖い。びしょ濡れになるのも怖いが、びしょ濡れになれないのも怖い。人を好きになるのは人と別れるのと同じくらい、怖い。人は、平凡な幸福の前ですらときに臆病になってしまう。思いは単純な一本の線ではなく複雑に交錯する。そんなこと、YUKIは当然わかっている。だから日常にそっと寄り添うようなこの歌には、当然のように涙が流れている。磨耗されそうな忙しさがある。悲しみがある。決して『joy』の一言では済ませられない波打つ日常がある。そんな場所で、「欲しいものなどもはや無いんだ」とこの人は歌うのである。ここにはすべてがある、と歌うのである。喜びや、悲しみとでさえ抱き合ったとき、わたしはそのことに気付いたのだと。
 いま思えば、YUKIはいつだって、すべてがあるようですべてがない、すべてがないようですべてがある、そんな微妙な狭間から歌を歌っていたような気がする。ハローとグッバイはどちらとも「出会い」だと歌い(“ハローグッバイ”)、“COSMIC BOX”の中にはタイムカプセルのように過去と未来が同居している。過去を歌い未来を紡ぎ、現実とイマジネーションの間を軽やかに行き来する。バンドとの別れと再出発のど真ん中で「もう うたえないわ」と歌った『PRISMIC』のジャケット写真でそっと左手を掲げたYUKIは、初対面の誰かにハローを告げているようにも、大切な仲間にグッバイを告げているようにも見える。YUKIを取り巻く日常は毎日のように変化し続けているだろう。ソロになってからのライブの規模だって、目に見えて大きくなっている。でも本当は何も変わっていないのだ。「もう うたえないわ」と歌いながらさまよい歩いたこれまでの道程は、全部「ここ」でしかなかったのだ。すべては「ここ」を抱きしめることから始まっていたのだ。未来はやはり「ここ」と地続きのものでしかないのだから。“うれしくって抱きあうよ”。抱きしめたいすべてのものは実は「ここ」に揃っていたのだと認められたとき、YUKIの世界は開けたのだ。
 この歌が本当に素晴らしいのは、ここぞで背景という過去に立ち返ってきたYUKIが、自分の足元を確かめるようなこの歌で、それでも明らかな未来に触れているところだ。「雲の上待ち合わせ」。この一言が最高に効いている。臆病で、背景を偽って生きてきたからって何だ。あなたが本当に抱きしめなきゃいけないのはそんな失われた過去じゃなくて紛れもない「ここ」だ。後ろに背景なんてなくたっていいじゃないか。自分という物語を語る背景が、前にあったっていいじゃないか。そんな待ち合わせを抱きしめることができたら、雨雲の広がった「ここ」だって、生きずにはいられないじゃないか。帰るべき場所や抱きしめたい誰かが未来で待っていてくれたっていいじゃないか。だからまずはそんな未来と待ち合わせのできる「ここ」が嬉しい場所だって笑ってみせるんだ。YUKIはずっとそうやって笑い続けてきたんだ。嬉しくって抱きしめたくなる「ここ」の続きは「どこか」じゃない。すべてが出揃っている「どこでも」だ。“嬉しくって抱きあうよ”。多分これ以上のタイトルは他の誰にも思いつけない。


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07:08 | 音楽 | comments (2) | trackbacks (0) | page top↑
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コメント

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どうも、お久しぶりです。
アルバム前にして、どこか素朴さ溢れる楽曲で来ましたね。日常的な温もりを感じられるサウンドだけど、歌詞は非常に力強いものを感じたというか。私の言葉ではうまく表現できないですが、とにかく圧倒的でしたね。3月のアルバムも楽しみになってきたな。ただ、「ワンダーライン」が入っていないのは少し残念にも感じましたが(^^; 

by: YUMA | 2010/02/18 22:19 | URL [編集] | page top↑
# YUMAさんへ
お久しぶりです!
毎回YUKIの記事チェックしていただいてありがとうございます!

すごくいいですよねホントに、久しぶりに底力感じました。
“ワンダーライン”僕も大好きですけど、でも“汽車に乗って”がひとつの区切れだったから、選曲には納得です!YUKIの意識はやっぱり行き届いてるんだって感心すらしました。アルバム、楽しみですね!
by: 幸大 | 2010/02/21 02:56 | URL [編集] | page top↑

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