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僕のアバター! 僕を救って!

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映画の限界
 壮絶ハイビジョン、3Dでも観れちゃう、ということで、話題の映画。を、なんと2Dで観てきました。邪道って言わないで。だって、3Dで観た人観た人みんな、「しんどい」「疲れる」「字幕も3D」って三重苦を仄めかしてくるんだもん……そんなの仕方ないよね。最新の映像技術を己が神のごとく使いまくる、というわけで、2Dだったとしても、これだけ話題になってるってことは、多分これが現時点における技術的に高度な「映像」という意味での映画の限界点なんだと思う(それは必ずしも「表現」の限界を意味しない)。ファンタジックな映像を追ってるだけでも、全然退屈しなかったと思う。ストーリーに関しては、長きに亘る映画史の「最善」の記録をめぐる旅(これはときとして「定型」「凡庸」「開始数分で全ストーリーを把握できる」を意味する)といった感じ。フィクション、伝説、破壊、大量死、大逆転、愛、奇跡。映画をエキサイティングに盛り上げるありとあらゆるお決まりのアイテムが揃ってる。「母なる自然を大切にしましょう」的、欠かせないメッセージ性もきちんとある。それを壮大な映像と音楽、もっとあっけらかんと言うなら、莫大な金をかけて力ずくで全肯定する。やりすぎじゃない?というところも、躊躇なく、やる。でも盛り上がることやりすぎちゃったせいで、映画として恐ろしく平坦になってる。せっかく「未体験」っていう武器があるのに、「どっかで観たことあるくない?」っていう、デ・ジャ・ヴ、が発動しまくり。あんまり思い描いてたとおりに進むから、もしかして僕、予知能力を手に入れてしまった?と思った。映画がこれまで大切にしてきた「美徳」(「美学」じゃない)をすべて出し尽くす、つまり、これが現時点における、映画の「正当性」の限界だ。そして、そんな映画の限界点を突き詰めてみせたこの作品が、結局のところ、「主人公がかっこつけられたから、もうそれでみんなハッピーだよね? エヘッ」程度のことしかできていない。解決の糸口がいつの間にか摩り替わってる。この巧妙な誤魔化しが、映画の「正当性」の限界。これを、「映画にしかできないこと」というのははっきり言って詭弁である。ただ、何にもできていないだけだ。当たり前だろう? もしこの作品に込められたメッセージを本当に現実世界に回帰させたいのなら、早い話が映画なんて作っている場合ではないのだ。そしてもちろん、観ている場合でもないのだ。でも、そういうことを了承した上で作品を観てしまった結果として、けちょんけちょんに全批判全否定するならまだ救いようがあるよ? 一番役立たずで救いようがないのは、こんな偉そうなこと言いながらも、普通にドキドキワクワク楽しんじゃった僕だよー! せめて「お茶目」と笑って許して。

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