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2009年ベスト・ディスク3

Mama, I'm Swollen
/ Cursive

Cursive-Mama Im Swollen
永遠に終わらない合わせ鏡
 みたいな一枚だと思った。ティム・ケイシャーがずっと覗くことを避け続けていた鏡。そして、これまでだったら覗くことすら必要としなかった鏡。なぜなら、彼にはもっと優先して対峙すべきものがあったからだ。それが、「あなた」であり、つまりは、「世界」だった。そしてそれは、鏡を通して自己を省みる必要すらないほど、彼には己の抱えた絶望の責任を押し付けることのできる他者の存在がそこにあったということでもある。
 カーシヴの歌は、いつだって「物語」としての体裁を保ち続けてきた。そして、そこに登場する「わたし」を主人公としたその物語は、頑なに「世界との不和」を物語り続けてきた。傑作アルバム『ドメスティカ』『アグリー・オルガン』で語られたのは、ときには“シエラ”と名付けられた実の娘さえも生贄にする家庭内という小さな世界でのすれ違い、そして、続く『ハッピー・ホロウ』で、その小さな他者は当然のような延長として、アメリカという巨大な他者へと肥大していった。お前が悪いから、アメリカが悪いから、世界が悪いから、俺はこんなにも強固な絶望を強いられているんだ、とでも言うかのように。
 そして、そんな後ろ向きな作品にも、たまに希望と呼べそうなものがチラッと顔を見せていたのは、ただ単に、その物語の先に、もっと大きな他者という続きが約束されていたから、その一点に他ならない。「わたし」には、まだまだ重大な責任を背負わせることのできる、頑丈な言い訳が約束されてた。そして、そこには希望っぽく見えるものがあった。でもその希望は、単なる紛い物でしかなかったのだ。
 でもティム・ケイシャーはそのことに気付けなかった。だから、「あなた」にも「世界」にもすべてを擦り付けた後、それでも完璧に消え去らない絶望の原因を、彼は今世紀最大の他者としての、「自己」に突きつける他なかった。すべてが死滅した後の地平に残された、たったひとりの他者としての「わたし」。彼の言葉は、執拗にそれを痛めつけた。このアルバムは、まことに残念ながら、そういうアルバムである。
 一曲目から「こんな世界に生きたくない」に始まり、「地獄に堕ちていく」と歌いながらも、愛し憎んだ誰もが消え去ったこの荒野こそが、そもそも地獄でしかないことを彼は知っている。そしてそんな独りぼっちの世界の孤独を誰よりも彼自身が理解しているからこそ、これまで何もかもを他人のせいにし続けてきた自分に、「俺はいったいいままで何をしていたんだ」という後悔の言葉で嫌悪を表明することしかできなかった。そして、そんな自己嫌悪すら、自己を他者として遠ざける言い訳でしかないことを彼はもちろんわかっている。人は、自分が自覚しているよりももっと大きな誰かや何かに常に守られている。でも、彼は最後までそのことに気付けなかった。気付けていたかもしれないが、認められなかった。彼が嫌悪した「あなた」や「世界」、そして「わたし」は、確かに彼を苦しめたかもしれないが、それと同様の質量で、彼を守り続けてきたはずだ。でなきゃ責任を押し付けることさえできなかっただろう。「不和」を申し立てるだけの余裕があるほどに、そこには厳しさと対等の優しさがあった。自己嫌悪や絶望は、いつだってそれよりも大きな何かに掌握されている。それは、それそのものだけを突き詰めても決して完結し得ることのない物語なのだ。
 当たり前である。永遠の奥行きで映し返す合わせ鏡。それは、ただそのままの意味でしかない。途中で途切れたり、別の何かが介入したり、まったくの別物に変わったりはしないのだ。それは、文字通り永遠に続くものでしかない。そこに映り続ける「わたし」を嫌悪して嫌悪して嫌悪し尽くしたたところで、救済は訪れないのだ。だとしたら、そんな鏡の前に立ち尽くしてしまった人間に求められる唯一の手段は、そこに映る「わたし」が、左右前後逆転した幻でしかないことを認めること。それが、「わたしっぽく見えるもの」でしかないということを、認めることだ。目の前に映る幻を叩き割りさえすれば、それはいともあっけなく終結させられる物語なのだ。そこに、彼の心底望んだ「和解」はあったのだから。
 でもティム・ケイシャーにはそれができなかった。このアルバムは、そんな悲劇の産物。悲劇でしかない産物。このアルバムには未来も希望もない。永遠にダラダラと続くネガティヴ。「わたし」の自殺なしには完結し得ない物語。ロックが唯一肯定すべきでない罪悪。全曲がスミスの“ゼア・イズ・ア・ライト・ザット・ネヴァー・ゴーズ・アウト”。なんでいまのいままで気付かなかったんだろう。こんなアルバムに嬉々とするやつの気が知れない。どうしても聴きたかったら、そういうこと前提にして聴いてください。精神的に浮き沈みの激しいタイプの人は、絶対に聴くべきじゃない。でも09年のベスト・アルバム四枚に選んじゃってたから、せめてもの称号を与える。「今世紀最も聴かれるべきでない」傑作。 

 
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