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やっぱすげぇ話だ

シャイニング (上)
/ スティーヴン・キング

スティーヴン・キング-シャイニング上
過去という、圧倒的他者
 分厚い上下巻構成で、まだ上巻しか読めてないのだけど、ホラー映画の金字塔にまでなったキューブリックの例の映画版とのあまりの違いに正直戸惑っている。この原作を読んだら、作者のスティーヴン・キングが、キューブリックの撮った『シャイニング』を散々こき下ろした挙句、自分で一から新たに撮り直してしまった理由が、わからないでもない。個人的に、キューブリックの『シャイニング』はとても思い入れ深い作品で、正直あれを超えられるわけがないと思うけど、スティーヴン・キングが自ら監督を務めた方も絶対に観てみようと思う。キューブリックのバージョンを観ると未だに、断片的、と思うのだけど、それの理由がわかった。
 キューブリックの『シャイニング』は、猛吹雪で下界と絶望的に隔たれたオーヴァールック・ホテルその場所に完全に焦点を絞った作品だった。その閉鎖的空間に、世界を構成するあらゆる要素をぶち込む試みだった。でも、この原作、上巻読み終わったところでこれ書いてるから要はやっと半分きたんだけど、それなのにまだほとんど、キューブリックが描いたような、あのホテルにおける陰惨な物語が、起動していない。舞台はトランス一家の日常からホテルへとすでに移行しているけど、キングがここで描いているのは、ホテルにいる現在の彼らを取り巻くあれこれではなく、そこに行き着くまでの、過ぎ去ってしまった過去の物語なのだ。映画的制約からキューブリックは多分意識的にそこの部分を排除したんだと思う。だからこそ彼の『シャイニング』は時として支離滅裂で、説明不足で、でもその突拍子のなさが彼独特の映像美学と呼応して、超一級ホラー映画としてのうまい企みに繋がっていたのも事実だ。しかし重要なのは、キングがこの原作でひたすらにこだわっているトランス一家の過去、それが、単なる懐かしい思い出でも忌々しい記憶でもなく、まるで一家の未来を阻むように立ちふさがる、現在まで継続させてしまった過去、泥だらけのタイムカプセルのように、一瞬のまたたきで現在を過去に復してしまう呪縛であるというその一点。朽ち果てたはずの過去が、現在をがんじがらめに縛りつけ、歪みを生じさせながら時空を逆転させる。「REDRUM」が「MURDER」に反転し、正気が紛れもない狂気に呑み込まれる場所。人はいつだって自分自身を裏切りながら時を過ごす。過去の自分――それは、ほとんどの場合、現在の「わたし」からすれば、信じられないような「あなた」である。君はかつて、狂気だった。だとしたら、いまの君は、いったいどうだろうか? キングは恐ろしくもそう問いかけるのだ。

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