FC2ブログ

Michael Jackson's

This Is It
This Is It
幻でも踊る
 これはもちろん、『オフ・ザ・ウォール』も『スリラー』も“ウィー・アー・ザ・ワールド”もリアルタイムで経験していない、マイケルとはテレビで伝えられる奇怪な騒動以外に何の接点も持たない世代からの感覚でしかないけれど、マイケル・ジャクソンという人は、言うなれば、考えるまでもない人、だったような気がする。あれこれ考えるまでもなく、変で、あり得なくて、すんごい、キング・オブ・ポップ。なんていうか、世界でたったひとりだけ明らかにキャラ立ちしてるような人で、そこに疑いの余地はなかった。でも、今年の六月にマイケルが死んで、それがちょっと変わったと思う。みんな考え始めたのだ。マイケル・ジャクソンという人はいったい何者だったのか。彼が残したものとはいったい何だったのか。マイケル・ジャクソンという改めて語るまでもない明確なキャラクターについて想像し、再検証する。あくまで一面真実でしかないけれど、それは、マイケル・ジャクソンというただでさえ嘘っぽかったキャラクターを、さらなる強固な幻想の人にビルドアップさせる行為だと思う。勘違いしないで欲しいけど批判とかそんなんじゃない。去ってしまった人の過去に思いを巡らせるという行為は、絶対的にそういう意味を含んでいる。もはや実像を結べない以上、僕たちがいま考え得るマイケル・ジャクソンという過去は、それがどんな姿であったとしても、すでにここには存在し得ない虚像でしかないのだ。この映画を観て思うことは、踊る、という行為は、ある意味で、自分という人間に限り無く近い幻想を見せるコミュニケーションなのかな、ということ。少なくとも、パフォーマンスとしてのダンスは、そうだと思う。でも多分、実際に踊ってる人にとってはそんなのそれこそ「考えるまでもない」ことで、マイケルも、なんで自分が地球上のほとんどの人がやったことないような速さで回転してるのか、なんて考えたこともないだろうし、そこについては他の誰よりも一番わかってないと思う。それでもマイケルが踊るのは、それが彼にとっての解放だからだ。マイケルのキャリアは常に誤解の付きまとうものだったと思う。こんなんじゃない。こんなのは自分じゃない。だから踊る。それが自分そのものではなく、「限り無く近い」ものでしかなかったとしても。だって二日後には死ぬはずなのに、マイケルが踊ってるところ見たらそれだけで未来を感じるんだ。たとえ幻想でしかなかったとしてもマイケル・ジャクソンは踊ることを止めない。マイケルはそう言ってる。

スポンサーサイト



20:45 | 映画 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑
めんどくさい僕 | top | ある意味では一番アホ?

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://overtheborder.blog64.fc2.com/tb.php/879-1d7f7a20