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最近

ジャスティン・ティンバーレイクとかブリトニー・スピアーズとか聴いてるんですよ。

中学生の頃は、なんでうちの中学にはブリトニーがいないんだろう、
って真剣に考えて夜眠れなくなってた。

今日バイト帰りに聴いた一枚。

Future Sex / Love Sounds
/ Justin Tmberlake

Justin Timberlake-Future Sex
演出が効いてる
 ミッシー・エリオットの『ソー・アディクティヴ』なんか聴くとすごい思うんだけど、プロデューサーとしてのティンバランドはつくづくシンガーをサイボーグにする人だと思う。ネプチューンズをプロデュースの中心に置いた前作『ジャスティファイド』とこのアルバムの間にある隔たりはまさにそこにあって、ネプチューンズがいつだって生身の人間の息づかいを求める一方で(機械とじゃれ合いまくったN.E.R.D.のサード・アルバムでさえそうだった)、ティンバランドはむしろその本来生身であるはずの肉声をいかに機械的に扱うかというところに深く焦点を合わせてきたような印象がある。ジャスティン・ティンバーレイクのソロ二作目である本作を牽引しているのは疑いようもなくティンバランドその人で、大ヒットを記録しながらもリリース当時に「ティンバランドの新作でしかない」という揶揄が持ち上がったことは正直頷ける。実際、僕も初めて聴いたときに思い浮かんだイメージは、ゾンバ最盛期を支えたイン・シンクのあの操り人形ジャケットだった。でも、否応でもセックスを連想させるこのアルバムと前作のいったいどちらが本当にセクシーだったかという議論になるとそこはもう本当に好みのレベルの話でしかないし、僕なんかは、やっぱ前作の“テイク・イット・フロム・ヒア”には勝てんわな、とか思ったりもする。要するにふたつの間には明確な優劣なんて付けようがなくて、両方とも素晴らしいアルバムに間違いはないし、ただそこからわかることは、ジャスティンが非常に恵まれた場所で音楽と向き合うことができている、という幸福な事実でしかない。でも、ジャスティン・ティンバーレイクというシンガーはそもそも、優れた演出が背後にあってこそ映える人だと思う。当然のことを言っているみたいだけどここが絶妙で、なんというか、卵の黄身のような人なのだ。それそのものではいつ弾けてもおかしくない危うさを抱えていながらも、白身っていう支えがあるからこそバランスを保てる。それでいて、頼りない黄身にこそきちんと核が宿っていて、濃厚な味わい、みたいな?

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