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A Weekend In The City
/ Bloc Party

Bloc Party-A Weekend In The City
闘争の果て、世界を肯定するとき
 ブロック・パーティーが他の同世代のバンドに比べてひどく冷めた印象を感じさせる理由は、ギターの音がかなり意識的なレベルで排除されている、というところにあると思う。現時点での最新作となる昨年の『インティマシー』はそれをさらに深く実践した非常に実験的なアルバムだったし、本作収録曲の音の構成を分解してみても、ギターの音が序盤から登場する楽曲はとても少ない。ブロック・パーティーの楽曲は基本、ロックとの接点を保ちつつも、ダンス・ミュージックとしての機能性をとても高いところで維持している。要するに、楽曲を牽引するものはメロディでも言葉でもなく、他でもないビートなのだ。それは実際の楽曲を聴いてみれば一発でわかる。感傷的でない故に冷静なのだ。魔女狩りやケリー自身のトラウマティックな過去をモチーフに世界への挑戦状を叩きつけるようなこのセカンド・アルバムにおいてもそれはもはや大前提で、つまりは、こんな醜悪な世界で力強く生き延びるためには感傷的になっている暇などない、ということなのだろう。ブロック・パーティーの楽曲はギターに限らずあらゆる音が本質の周りをグルグルと旋回するような作りになっていて、言葉でさえも、その中心に切り込んでくることはまず滅多にない。タイトルやジャケットを見てもそう。センチメンタルには片足でさえもつっ込まない主義なのだ。あくまで外側からの冷静な俯瞰視線を貫く。でも、本作ではそこの部分にとても重大な綻びが見える。ラスト三曲、特に、“アイ・スティル・リメンバー”と最終曲の“SRXT”。明らかに、明らかにギターが主導権を握っていて、冷静でいられなくなっている。実際、ここで歌われていることは、彼らとしては非常に例外的に、パーソナルな意味での「あなた」についてだ。でも僕は、あらゆるブロック・パーティーの楽曲の中で、この二曲が圧倒的に好きだ。所詮学生バンドと鼻で笑っていたオアシスのリアムでさえ、“SRXT”を初めて聴いたときには三十分間も伏せって枕を濡らしたという。それだけ感傷的な楽曲である。終盤の間奏でのギターは、過剰なほどの叙情性で溢れている。正確なリズムやビートでさえも決して測り知ることのできない何かがそこには必要だったからだろう。最近、バイト先から歩いて帰る一時間、このアルバムばかり聴いている。ジャケットみたいな、高速道路の外灯に照らされてオレンジを帯びる夜の町が、すごく綺麗に見えて嬉しいんだ。世界に悪態ついて過ごす人生の大半それ以外の場所で、それでも世界がこんなにも美しく見える瞬間が間違いなくあることを、彼らは本作の最後で歌っている。

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