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日の差さない場所なんてない

Out Of Ashes
/ Dead By Sunrise

Dead By Sunrise-Out Of Ashes
日のあたる場所を求めて
 一時期もてはやされたヘヴィ・ロック/ニュー・メタルのバンドが皆一様に音に最強のヴァイオレンスを求めたのには理由がある。それは、せめてサウンドに明確な手応えでも持たせなければ、自分たちの論理を肯定することができなかったからだ。中指を突き立てて醜悪な世界を罵倒する、はっきり言ってそれだけだったからだ。リンプビズキットなんかいい例で、実際には腰パンしてイキがってる田舎の不良程度のボキャブラリーしか持っていないのに、そこにウェス・ポーランドっていう天才ギタリストが居合わせたばっかりに、目に見えない音の幻想がバンドの実態を誤魔化しちゃって、歌い手も聴き手も勘違いして仕舞には『チョコレート・スターフィッシュ~』なんていう今聴いても引くぐらいすんごいアルバムが出来上がっちまった。でも、それはただ音の筋肉で武装しただけの代物に過ぎなかったから、ウェスがバンドを一時離脱した途端にギクシャクし始めて、その後、リンプは当然のように淘汰されていった。僕も夢中になっていた時期があったけど、今になってあのシーンを振り返ってみたら、知性と呼べるものを持っていたのはデフトーンズとスリップノットとリンキン・パークの三組みぐらいしかいなかったんじゃないかと思う。
 そういうわけで、リンキン・パークのボーカリスト、チェスター・ベニントンによるソロ・プロジェクト=デッド・バイ・サンライズのデビュー・アルバムが本作。リンキンはヘヴィなサウンドを追究してもそこに絶対に「ファック」という暴力は必要としなかった。リンキンの良識は「外さない」ところにあって、でもだからこそ極端に振り切れず、どこにも行き着き損ねたような印象すらあった。でも07年の『ミニッツ・トゥ・ミッドナイト』でそれも変わった。ファンの間では未だに賛否両論のアルバムみたいで、なんでわかんないの?バカじゃないの?って思うけど、あのすんばらしいアルバムで初めてリンキンの音楽はリンキンのモノでしかなくなったと思う。このデッド・バイ・サンライズのファーストを聴いて思うことは、音楽性はリンキンと大違いだけど、その根底にあるチェスターの理念はまったく同じだっていうこと。彼はもちろん、世界が罵倒に値する、醜悪な場所であることを知っている。本作で歌われている終末的な世界の風景――しかしそれは、そもそも世界とは終末的な場所でしかない――ということも彼は当然知っている。だからこのバンドの名前はこうでなければいけなかった。そして、世界の悪事を覆い隠す完璧な暗闇なんて存在しないことまで彼は知ってしまっているから、“イン・ザ・ダークネス”という自分自身の内側に巣食う暗闇について、彼はここで歌わずにはいられなかったのだ。歌うことは、チェスターにとって「解放」以外の何物でもないんだと思う。彼の歌声はいつだって自分が生きる世界を肯定してきた。だからこんなにも力強いんだろうな、って思う。

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