FC2ブログ

新作はどうなる

ミューズも「大きい声」出そうとしてる。

Origin Of Symmetry
/ Muse

Muse-Origin Of Symmetry
人間とはもっと怪物的であるべきである
 ミューズを聴く上で絶対に忘れてはならないことは、彼らのキャリアの出発点とも言える場所、つまりはデビュー・アルバム『ショウビズ』が“サンバーン”という楽曲から始まっているという事実である。太陽という正しい光によって焼き尽くされた世界――その暴かれた世界の片隅でレディオヘッドがひとり美しく消え去ろうとしていた時、ミューズはそれをショウビジネスというマスに向かって放出していたということだ。当初はレディヘのフォロアーとして語られていたミューズだが、後に両者に決定的な差異を生んだのはその圧倒的なスケールの違いである。レディヘが深みに嵌って別次元に「自分」という意識の居場所を獲得しようとする一方で、ミューズはただただ「自分」を肥大化させ世界を呑み込むことで居場所を獲得しようとしてきた。要するに単純なデカさ、ヴォリュームが違うのである。今だってレディヘが地下から音楽を発信している間、ミューズはスタジアムで爆音を鳴らしている。要するにそういうことなのだ。
 そして、実際のところ、ファースト・アルバムでは演奏側の体力が足らず、楽曲そのものが内包するスケール感を完全には再現できなかったミューズが、筋力を蓄え楽曲のデカさに追いつき始めたのがこのセカンド・アルバムだ。彼らはなぜ自らを肥大化させるのか。それは、世界が、そうでなければ生きていくことができない場所だからである。凍結した過去、失われた愛、それを守りながら生きるなら、「僕」という小宇宙が開けたその時――止まった時を維持しながら生きるなら、人はもっと狂わなければいけないからである。気付かないということが、「正気である」ということがある。だとすれば、暴かれた世界の正体に気付いてしまった人間は、どのように生きればいいのか。ミューズは次作『アブソリューション』でついに本物の怪物になる。

スポンサーサイト



13:18 | 音楽 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑
ジャケットが、すごく良い | top | カナダの君じゃないよ

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://overtheborder.blog64.fc2.com/tb.php/851-4c8655ab