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最近気付いたこと

僕、メガネを掛けると、
なんかカリスマの人っぽくなるんだ。

困ったなぁもう。

あと、26時間テレビの感動のフィナーレに猛烈に感動できない。
あー僕はなんて汚らわしい人間なんだろう。
今、日本で涙を流していないのはきっと五人ぐらいだろう。
まさか自分がその中のひとりだったとはなぁ。
そして残りの四人のうちのふたりくらいはきっと僕の知り合いだ。
類は友を呼ぶっていうしなぁ。
ヘラヘラしてしまうよ。

もう少し、もう少しだけ、まともだったらなぁ。
とか全然思ってない。

Octahedron
/ The Mars Volta

octahedron.jpg
僕たちはでっかいでっかい音楽の中にいる
 幼稚園から中学二年まで、十年間ぐらいピアノを習っていた。発表会でステージの上に立つ時、スポットライトに照らされたグランドピアノを見て思う。こいつには敵わない。重量級の巨大な体躯を必要最小限の三本の細い足のみで支えられた、「これが“美”だ」とでも言わんばかりに艶っぽく黒光りする無駄のない完璧なフォルム。グランドピアノの嘲笑うような黒と白の歯に僕は必死で指を突き立てるけど、ビクともしないんだ。それどころか僕はいつも通りの演奏ができなくてひどく戸惑う。そう、ピアニストはピアノを前にして、二度と同じ演奏を繰り返すことができない。まったく同じ回答を引き出すことができない。ピアノはピアニストを翻弄する。指を走らせ、音階を駆け上がり、なんとかピアノへの打撃の手応えを掴もうとするけれど、ピアノのその完璧な佇まいを前にピアニストは余りにも無力なんだ。二百本を超える絃から奏でられる混乱した音のすべてをその体に内包した僕たちが思い描く「ピアノ」という虚像は、すでにひとつの宇宙を呑み込んでしまっているんじゃないかと思わせるほど圧倒的に、デカい。
 通算五作目のオリジナル・アルバムとなるマーズ・ヴォルタの最新作。前作のようなパンクっぽい性急性は失われていてかつてないほどにメロウ。ファンの中でも好みが分かれそうな作品のような気がするが、彼らには彼らなりのトーンやモードがあるということだろう。結局のところやっていることは同じだから、僕はあんまり気にならないけど。みんな、マーズ・ヴォルタを語るときに「カオス」って言葉を簡単に使いすぎている。なぜならそれはマーズ・ヴォルタが創り出している抽象的で観念的で具象ではなくイメージによって支配された独特な世界観を表すのにその言葉が余りにも便利だからだ。あんまりわかってないけどとにかく圧倒される、ってことだ。じゃあ彼らが生み出すその「カオス」っていったい何なのかというと、それは「音楽」であり、「世界」ってことだ。それそのものではない。それに限り無く近いものだ。なんかしょぼい例えで恐縮だけど、めっちゃ迫真のエア・ギター・プレイをする人の手元に実際には存在しないギターが見えるような気がしてくる感覚にちょっと似ている。目に見えない、実態のない「音楽」の正体、その手応えを、サウンドと言葉とイメージだけでひたすらに掴もうとしてるってことだ。マーズ・ヴォルタは毎年何らかの作品を発表してる。この凄まじい勢いからすると、多分五・六年後辺りには、集中して聴いてたら「あ、今の音見えた! ほら、そこ!」って感じの作品にマジで出会えるんじゃないかな。

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20:18 | 音楽 | comments (2) | trackbacks (0) | page top↑
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コメント

#
追記(笑)

しかも、私のみたいな普通の眼鏡じゃなくて、嘘っぽい感じのやつは特に、ね。
by: こんぶ | 2009/07/26 22:33 | URL [編集] | page top↑
# こんぶへ
おお、五人のうちのひとり笑

やっぱりカリスマ性っていうのは、
押さえようとしても滲み出てしまうものなんだと実感したね笑

メガネを掛けながらなら飛影のあのセリフが言えそうだよ。

どうなっても知らんぞ。
もう外し方を忘れちまったからな。
by: 幸大 | 2009/07/27 02:36 | URL [編集] | page top↑

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