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無学無知丸出しで

やっぱり『シャイニング』は比類なきホラー映画なんだって思ったよ。

The Exorcist
エクソシスト
トラウマとしてのキリスト
 一応、一般的には、悪魔祓いという様式を借りて、少女の肉体に取り憑いた悪魔とキリスト教の神父との対峙、思いっきり単純に言うと、「悪魔VSキリスト教」、みたいな映画になっているみたいだけど、えー?僕にはキリスト教批判の映画にしか思えなかったけどな。神父のセリフにも出てくるけど、キリスト教ってつまり、こんなこと言ったら理解浅すぎるのバレちゃうけど、パンをキリストの肉、ワインをキリストの血として体内に取り込んで、自己の中に神を見出す宗教でしょう? それって、悪魔に取り憑かれるのと何が違うの? この映画に出てくる悪魔に憑かれた女の子は、自己の中に、それが悪魔であれ神であれ、他者を見出すという行為がどれくらい生々しいことなのかを伝えてるよ。肉を喰らい、血を啜り、他者を自己の中に呑み込むっていうことは、ブリッジで階段駆け下りちゃうくらい超ヤバイことなんだよ。完璧にぶっ飛んでて生臭くてクレイジーな狂気なんだよ。しかもキリストってみんなの罪を背負って死んじゃった人でしょう? それってつまり、厄介ごとしょい込んだ生け贄でしょう? 世界の悪い部分任された人でしょう? それって悪魔じゃん。しかもしかも、何かを信じるってことは、それを自分の行動原理の最優先部分にするってことでしょう? 要するに、理由でしょう? 要するに、言い訳でしょう? 信じてるそれがそうだからそうするんでしょう? ほら、やっぱり取り憑かれてんじゃん。何かを信じるってことは、その対象を、神であり悪魔にするってことなんだよ。そのふたつに差なんてない。敬虔なキリスト教信者と心に悪魔を宿した狂人は同義なんだよ。この映画が伝えていることはそういうことだと思うよ。っていうか、想像すらできないくらい遠い過去の遠いどこかで死んだ誰かなんて信じられないし、そんなやつに取り憑かれたくない。どこにも差なんてないなら、笑顔が素敵な女の子を神にして悪魔にして僕は狂うよ。

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