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Muse - Showbiz
「僕」という小宇宙について
 ミューズの音楽の持つ特異性とはいったい何かと言うと、それはそこに「マシュー・ベラミー」という他の誰でもないひとりの人間がいる、ということである。99年に発表されたこのデビュー・アルバムを聴くとそれがよくわかる。ご存知の通り、ミューズは特定のシーンの文脈の中から浮かび上がってきたバンドではない。英国メディア特有の過剰包装を施されて登場したわけでもない。初期のチャート・アクションも、他国に比べると本国イギリスでの反応は鈍かったという。今でこそ巨大なスタジアムを丸ごと覆いつくすような圧倒的な世界観を演出している彼らだが、根源的な不安感を呼び起こすエキゾチックなメロディはこの頃から不変と言えどもその世界観はここではまだまだ未完成というか、特にリズム隊が未熟でベラミーのメロディのデカさを低音が支えられておらず、非常に頭でっかちなサウンドに仕上がっている印象を受ける。しかしだからこそここではベラミーのメロディと言葉が映し出す世界観の異様さだけが屹立するように際立っている。「今、ここ」とは、いったいどのような場所なのか。「僕」とは、いったい何者なのか。そんな、そもそも答えなどどこにもないような強迫観念に追い込まれるように自問自答を繰り返し、結局何もわからないままエスケイプする不可解な音楽。そう言うとひどく閉じた個人的な歌のように聞こえるかもしれないが、実際のところミューズの音楽の息苦しいほどの閉塞感とはつまり、ベラミーがひとりで閉じた宇宙と同義なのである。あらゆる事象の狭間で身動きの取れなくなってしまった人間。すべてがあるようですべてがない宇宙の「今、ここ」に生きるということは、すべての人間が「迷子」であるということだ。そして僕たちはミューズの音楽を聴くことで、いつだって、今、自分の立っている場所がいかに脆く、不確定であり、それでいてどれほど強烈な引力を発しているのかということを否応無しに再確認させられる。僕たちは行き先も出発点も同時に失ったまま停滞している。それを暴くその先に未来があるかどうかなんて知らない。でもだからこそミューズの音楽は鳴り止んじゃいけないし、僕たちは生き続けなきゃいけない。絶望するな。

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