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The High End Of Low
/ Marilyn Manson

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再び暴かれる世界の理由
 このアルバムがなかったら、前々作『ゴールデン・エイジ・オブ・グロテスク』と前作『イート・ミー、ドリンク・ミー』は切ない思い出に終わっていたかもしれない。両方とも極めて普遍的であり良いアルバムではあったけれども、個人的にはあの二作はマリリン・マンソンという唯一無比のキャラクターにとってはある意味では立ち止まりの作品だったのではないかと思っている。『アンチクライスト・スーパースター』からの三部作を完結させた後の作品となる『ゴールデン~』はそのまま彼の個展にもなっているように、サウンド面でもヴィジュアル面でもアート性を追及した内容になっていてどこか振り切れたものを感じられなかったし、離婚というタフな経験の影響が露骨に表れた『イート~』はこれまでになく個人的でありエモーショナルな内容ではあったものの、酷といえば酷かもしれないが、自己を「生け贄」として演出し続けてきたマリリン・マンソンとしては少々似つかわしくないというか、そこに僕たちが彼に求めるものとの大きなギャップがあったことは否めなかった。そして今年、前作から二年ぶりとなる本作を、マリリン・マンソンはシングル“アルマ・ガッデム・マザーファッキン・ゲドン”に象徴されるような圧倒的終末の風景で埋め尽くした。オバマがアメリカ初の黒人大統領として就任し、アメリカ人がアメリカ人であることへの誇りを再び取り戻しつつあるこのタイミングで、彼は“ウィアー・フロム・アメリカ”を歌い、大統領が誰であろうが社会情勢がどうであろうが終わることのない暗闇が確かにあることを暴いている。彼はこうも歌っている。「俺たちには理由が必要と言わんばかりに俺が理由になってやる」(“ブランク・アンド・ホワイト”)。コロンバインの悲劇が思い起こされる。世界が平和に回るためのすべての欺瞞を背負ってやる、と彼は宣言しているのだ。漆黒のトレンチコートに身を包み、暗闇に溶け込むマリリン・マンソン。十字架に括りつけられたかつての彼の姿を僕たちは絶対に忘れてはいけない。

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