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バッド・セクツ

カーシヴの最新作がすごい。
音楽を聴いてあんな気持ちになったのは初めてかもしれない。
お願いだから歌を止めないで。

これは06年発表の前作。
あれからもう三年近くも経ったのか。

Happy Hollow
/ Cursive

Cursive-Happy Hollow
自己から他者、そして世界へ
 アメリカはネブラスカ州の名門インディ・レーベルであるサドルクリークの至宝、カーシヴ。その通算五作目となる06年のオリジナル・アルバムがこの『ハッピー・ホロウ』だ。前年にチェリストのグレッタ・コーンがバンドを離脱したこともあって、『アグリー・オルガン』で完成した過剰なまでの叙情的サウンドはここでは再生されてはいないが、ホーン・セクションの大胆な導入によってこれまでとまたひとつ違ったダイナミックな面白みをサウンドに持たせることに成功している。本作では詞的にも大きな変化があった。カーシヴのアルバムは基本的にはどれもコンセプチュアルなものばかりだが、本作での『ハッピー・ホロウ(=幸福の谷)』と名付けられた町に住む人々の物語は、家庭内の不和といったこれまでのカーシヴのプライヴェート性の高いテーマとはまったく異なる視座を必要としている。それは客観性だ。傑作『ドメスティカ』がティム・ケイシャー自身の離婚経験から始まった作品だったことが象徴的だが、彼は常に自分の抱える感傷や絶望を無理やり歌の中の登場人物に背負わせることで生々しいフィクションを作り上げてきた。しかし、ドロシー、ルーシー、コール神父、ジーニーなどといった自分とは無関係の多くの他者の目を通して改めて世界を見つめることで、彼の歌はここで極めて具体的なものになっている。歌というものは一般的に、具体的すぎても抽象的すぎても共感性は減退するようになっている。本作が以前ほど感情を煽る叙情性を求めていないクールなサウンドに仕上がっているのがそこの部分とも繋がっていると考えるのは深読みだろうか。その詳細な歌で、カーシヴは、神への祈りとレイプはまったく同じ場所で行われるという世界の欺瞞を暴き切っているのだ。ひとりひとりの人間のちっぽけな欺瞞が世界という取り返しのつかない大きな嘘を作り上げる。世界で生きるということは、その嘘を守るという絶対的な契約なのだ。誰一人として例外な人物などいない。自分でさえも、そうなのだ。嘘は、それに気付かなければ、もしくはそれを守りきれば、真実になる。『ハッピー・ホロウ』という多幸的なアルバム・タイトルは、だからこそ強烈なアイロニーとして成り立っているのだ。

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