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僕から目を離さないで

ロウソク
キャンドル、なんていう代物ではなく、
正真正銘の、蝋燭、を揺らめかせて遊ぶ。
マリリン・マンソンを聴きながら。

四方八方に「アンチ」を打ち放ちながらも、
激しく刺激的なショック・ロック、インダストリアルを鳴らしながらも、
マリリン・マンソンの音楽が恐ろしく聴き易いのは、
それが聴き手を前提のひとつにした機能的なポップ・ソングだからだ。

「アンチ」でしか説明できない何かがある。
それでしか承認できない何かがある。
あなたは履歴書運転免許書健康保険所戸籍成績表
その他で説明し尽くしてしまえるような存在じゃない。
マリリン・マンソンの「アンチ」が、ただひとつ肯定するのは、
彼自身という存在であり、だからこそそれは僕でありあなたなのだ。

Antichrist Superstar
/ Marilyn Manson

Marilyn Manson-Antichrist Superstar
何者にもなれないという恐怖
 マリリン・マンソンというショッキングな存在を世界の表舞台で決定的に印象付けた記念碑的作品であり、96年のリリース当時キリスト教団体からの不買運動や裁判沙汰などの様々な問題を引き起こした文字通りの問題作であるセカンド・アルバム。個人的な解釈だが、このアルバムを聴いて僕の頭に浮かぶイメージは、カニバリズムである。「憎悪するものを憎み、強姦者を犯す」「お前は俺の心臓を喰らい、すべてを喰らってしまった」「虫けらがその少年を食い荒らす時、それがレイプだとは思われない」「月が太陽を侵食する」など、本作には何かが何かを飲み込み、体内に取り込むことに何らかの意味を与えようとするかのような、カニバリズム的なイメージを聴き手に思い起こさせる危うい言葉が無数に並んでいる。だがしかし、そんな歌の中で彼は「俺はそいつ自身にはなりきれないアニマル」「俺は自分自身になれない間抜け野郎」とも歌っている。いくら喰っても喰われても何者にもなれず、腹の底で膨れ上がっていくものはドス黒い虚無感だけ。世界と同化したその先に待ち受けているものがすべてをスーパーフラットに無効化する圧倒的な闇だと気付いてしまった彼が創り上げた「アンチクライスト・スーパースター」という生き物は、だからこそ取り込むことではなくすべてを拒絶することでしか自己を証明できなくなってしまっている。そういえば、次作『メカニカル・アニマルズ』で彼が再び創り出す「オメガ」という生き物も、男であることも女であることも拒絶したまったく新しい無性の「ポストヒューマン」だった。そして、マリリン・マンソンという汚れた異型のロック・スターによるグロテスクな表現の根底にあるのはいつだって剥き出しの欲望である。そう、人が何者かになりたいと切実に願うその欲望は、こんなにも生々しいものなのだ。本作が、大人の社会に取り込まれることでしか生きていくことのできない郊外に暮らす若者の心を鋭く射抜いたのは、まさにそれ故なのだ。

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