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愛の人になりまする

「ステージに愛をちょうだい!」

今までYUKIが言った言葉で一番忘れられないのは、
かのライブCDに収められたこれだったりする。

THE POWER SOURCE
/ JUDY AND MARY

Judy and Mary-The Power Source
人は独りでは生きていけないから
 パンキッシュでアグレッシヴな女の子=JUDYとナイーヴで内向的な女の子=MARYというまったくバラバラなふたつの人格を背負ったバンド名がすべてを象徴している。メンバーのルックスもちぐはぐである。そう、ジュディマリはある種の対立関係によって成り立っていたバンドである。それは「私とあなた」や「天と地」などの引き裂かれた関係性を強く連想させるYUKIの詞にも表れている。まったく違う属性を持ったふたつ以上の何かがひとつの世界で邂逅を果たし、お互いが違っていることをそれぞれが認めながら、出会いと別れを繰り返していく。つまり、ジュディマリの歌にはいつだって「自分以外の誰か・何か」の登場が約束されている。ジュディマリの歌を主体としての「私」とするならば、ジュディマリはいつだってその歌が届くべき客体としての「あなた」を必要としてきた。聴き手が歌を求めたのではないのだ。歌が聴き手を求めたのだ。同じことを言っているようだがこのニュアンスの違いは実は非常に大きい。なぜなら、それこそがまさにジュディマリの歌が内包する異様なまでのポップ性の本質そのものだからだ。
 恋人とお揃いのストラップ。左手の薬指を独占する結婚指輪。誰も知らない太ももの内側で笑うガイコツのタトゥー。そういった愛情表現は、少し重い言い方をするなら、契約の証である。「私は何がしかである」という約束の証明である。それは時に呪縛や束縛といった煩わしさを感じさせるかもしれない。しかし、人と人とが関わって生きていくということは、つまりはそういうことなのだ。この世はまさに十人十色。誰もが誰とも違っていて、まったく同じ人間なんてたったのひとりすらも存在していない。そんな混乱した世界の片隅で交わされる「私は何がしかである」という約束は、無数の他者ではない世界にたったひとりの「あなた」による承認がなければ成立し得ないものなのだ。「私」とは、無性に「あなた」を連想させる存在でなければならないのだ。「私」が「あなた」なしに「私」たり得ることなどあり得てはいけないのだ。
 “そばかす”“くじら12号”“クラシック”などの今なおジュディマリの代表曲として語り継がれる名曲が出揃った通算四作目となる本作で彼らは初のオリコン一位&ダブルミリオンを獲得している。愛しているから私を証明してー!という彼らの叫びはまるで、高い空!青い海!澄んだ空気!暑い太陽!黒い雲!濡れる雨!儚い夢!切ない恋!淡い思い出!のように日本列島を駆け巡り、そしてきっと「あなた」と呼べる誰かの心に届いたのだ。
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