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マディーナ・レイク

そうだったそうだった。
最近忘れかけていたけど
僕はロックのこういうところに魅了されたんだった。

出た。
今のところの、
今年のマイ・ベスト。

Attics To Eden
/ Madina Lake

Madina Lake-Attics To Eden
涙でも叫びでもない血と肉と魂というエモーション
 「時々、俺は違う世界からやってきたような気がする」という変に大袈裟な疎外感の一行から始まるマディーナ・レイクのセカンド・アルバムである本作。多くのメタル系バンドを輩出してきたロードランナー・レコードの中ではこんなにも臆面なく美メロを押し出したマディーナ・レイクはどちらかと言うと異色な方だと思うのだが、メロディ良ければすべて良しなエモ/スクリーモの形骸化による空白感を見事に埋めてみせるこの傑作セカンドを聴くと、そんなことはどうでも良くなってくる。
 最終インストの一曲前、“フレンズ・アンド・ラヴァーズ”で過去の深い喪失を歌いながらも「俺は友達も恋人も失ったけど魂は今も残っている」と屹然と前を向こうとする彼ら。すべてを失ったと感じている人間が、その苦悩の見返りにではなく、ほとんど捨て鉢になって世界に果敢に立ち向かう時のメンタリティ。俺の背負うものが世界に負けるはずがない、というまったくの勘違いでしかない頑なさ。それは「君はこの世の中のためにいるんじゃない、世の中が君のためにあるんだ」と歌われる“ノット・フォー・ディス・ワールド”でも見受けられる。もはや言うまでもなく、この世界にエデンなどという解放された楽園は存在しない。だからこそ僕たちはそれぞれに自分の世界を完結させ、外の世界に飲み込まれない拮抗関係を作り出そうと思想を逞しく鍛え上げるわけだが、もちろんそれで世界に打ち勝てるのなら良い。それは文句も間違いもない勝利だ。でも、ほとんどの場合、僕たちが自己の中に築き上げる世界は無残なまでに破綻される。外の世界というやつは、どうしようもなくでかく、冷たいものなのだ。世界に飲み込まれ、仕舞にはもういろんなことがどうでもよくなってしまうかもしれない。真っ白になってしまうかもしれない。これまでエモ/スクリーモは涙や叫びといったカタルシスに自己を浸すことで世界との妥協点を見出してきた。言い換えるならそれは恐れだ。でもマディーナ・レイクは違う。ここには恐れも躊躇もない。すべてが終わってしまった後にも、それでも何かが続くべきだと彼らは信じているからだ。何かを信じる力強さとは破綻する勇気である。その紙一重こそがロックンロールの希望なんだ。
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