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一度で良いから本気で生きてみたい

ロック聴くと罪悪感がすごい~。
言葉のひとつひとつが僕を責める~。
てめぇはそんなマジで生きてねぇって。
僕はいっつもそうなんだ。
本気出す前に疲れてる。

でも少しずつ回復させる。
どうしようもないやつに救いがあるとすればそれは、
それでもどうしようもない自分を続けるってことだ。
怠慢ではなくて。
しがみ付いてやる。

とりあえずレヴュー載せる。
ロッキング・オンの面接の前日に聴いて
レヴュー書いてたアルバムだぁ。
今の僕ならこのアルバムは聴けない。
こういう実験音楽は余裕かましてる時しか聴けないから
実はあんまり好きじゃないんだ。


High Places : 03/07-09/07
/ High Places

High Places-High Places
神々の遊び
 個人的には、こういう現在のNYシーンを体現するような、サイケでトライバルな要素を多く含んだ実験音楽にはどうもアブストラクトすぎる印象を持ってしまっていていつもそれほど楽しめないのだけど、このブルックリン出身の男女デュオ、ハイ・プレイシズには予想以上に楽しませてもらった。アートワークのおどろおどろしい雰囲気からもっと張り詰めたものを当初は予想していたのだけど、まったくの正反対でむしろ水中で息を吹き出してブクブク泡立てるような、実にクラムボンな遊び心に満ちた精神の穏やかさを感じた。水面の曖昧な輪郭を撫でるように流れ、次々と変形する幻惑的な音の表情にはピュアネスを通り越して無防備さすら感じられる。そして、でいだらぼっちさえも凌駕するこの存在感に満ちたアートワークがすでに語り始めているように、二人の男女が想像・創造した内なる遊び場には、もはや当然のように「神」の降臨が約束されている。
 神を名乗りながら夏の子どものように遊ぶ。それは一種の冒涜ではないか?と思われるかもしれないが、ここはまず神とはいったい何なのかを改めて明らかにする必要がある。言うまでもなく、それは「全能性」である。神に不可能はない、ということである。それではなぜ、神は現世に生きる僕たちの苦しみを取り払ってはくれないのか。世界に暗い影を落とす数々の苦しみを、悲しみを、絶望を、決して拭い去ってはくれないのか。それでもなぜ、人は神の存在を認め続けるのだろうか。そう、神はまだ何もしていない。そして、もしかしたら、それこそが、神が全能たる所以なのではないか、とは思わないだろうか。何でもできる、のではなくて、何もしなくて良い、ということを、息の詰まるほどの数々の役割や理由で横溢したこの世界で公然と認められた、たったひとつの特別な存在。それを僕たちは「神」と呼ぶのではないだろうか。何もしなくて良い、つまり、何もできなくて良い、つまり、たったひとつの「可能」さえもないが故にそれと相対するはずの「不可能」もない、という、これはある意味で究極の「全能性」である。選択肢という前提がまったくないからこそ「選べない」という状況や概念さえも発生しない、という不可能性の不在。神は貧困を抹消しなくて良い。神は戦争を排除しなくて良い。神は世界を救わなくて良い。故に、神は遊ぶ。ハイ・プレイシズはもしかしたら神の本質に限り無く肉薄しているのかもしれない。そう思うととても楽しかった。
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