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ひとりぼっちで始めたロマンス

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もう生きることを恐れたりはしない
もうこの世界をひとりで歩くことを恐れたりはしない
ハニー、君がいてくれるのなら僕は許される
何を言っても、家に帰る僕を止めることはできない
(“フェイマス・ラスト・ワーズ”)

マイケミは確かに僕の歌を歌う。
でも、マイケミはブラック・パレードを殺した。

なぜならそれは象徴的な存在だったから。
つまり、抽象的だったから。
抽象は、人を救わないから。

でも、マイケミがブラック・パレードを殺したのは、諦めでも否定でもない。
それは祝福である。
人を救わないブラック・パレードへの祝福。
ブラック・パレードは誰かを救えなくていい。

それはやはり、象徴的かつ抽象的だから。
ロックはここで再び定義された。
ロックは誰かを救わない。

あなたの信じるべきものがブラック・パレードである必要なんてない。
マイケミが教えてくれるのはそういうことだ。

ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ
/ 滝本竜彦

ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ
その切っ先はどこへ向かうのか
 後に作者本人が語っているとおり、大学を中退し引き篭もり生活を始めたダメ男が、その持て余した時間を思う存分に使って書いた壮大な暇つぶし、精一杯の現実逃避の物語である。甘酸っぱい青春恋愛もの、現実感の薄いファンタジー、チープなバトルもの、ひとつに「これ」とカテゴライズしにくい作品だが、その世界観は限り無く閉じている。閉じている、というか、単に狭い。「高校二年生」という誰もが通過する肩書きだけで説明に事足りてしまう普通すぎる少年、制服姿でナイフを華麗に操る美少女戦士、そして、その敵として二人の前に立ちはだかる正体不明のチェーンソー男。彼らが、見て、聞いて、感じるものだけが、この物語のリアリティの限界だと言ってもいい。何度心臓にナイフを突き立てても死ぬことのないチェーンソー男との、決して勝算のない戦いが延々と続く。戦う理由も、その果てに何があるのかも、誰もわからない。要するに、決定的な無駄である。必要が、ないのである。それでも彼らは戦う。あやうく死にそうになっても、次の日もチェーンソー男と戦う。そこに意味があるからではなく、回し車のハムスターみたいに、誰かの敷いたレールを延々と歩き続けるような、未来のわかりすぎる人生に意味がないから。勉強して、就職して、結婚して、子ども作って……それだけやってれば、幸せな人生なんて意図も簡単に手に入る。そこからドロップアウトした人間に希望はないのか。やる必要のない無駄に真剣になってしまった者に、希望はないのか。「真剣だけど無駄ー!」、というその叫びは、いったいどこに回収されていくのか。僕にはまだちょっとわからない。
 ただ、この本を読んで思ったことはたったひとつ。もう二度と取り戻せない、チェーンソーなんて使うまでもなく傷つきやすく、壊れやすかった僕の十代に一番必要だったのは、訳もなく隣で頷いてくれる誰かと、そんな誰かに語りかける、繰り返しのような日常から二人をちょっとだけ乖離させてくれる少しの特別な言葉だった。ちくしょう、とは意外なほどに思わない。
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