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サムシング・ライク・ア・フェノミナン

Eat You Alive
ソーラ・バーチがリンプビズキットの
“イート・ユー・アライブ”のビデオに出演していたと知って驚いた。

“イート・ユー・アライブ”が収録された『リゾルツ・メイ・ヴァリー』は、
傑作『チョコレート・スターフィッシュ~』の次の作品というだけあって
03年当時かなり注目していたし発売延期になったりしてかなり焦らされたのだけど、
ふたを開けてみたらとてもガッカリな内容だったことを覚えている。

“イート・ユー・アライブ”のビデオは当時何度も観たはずだけど、
まさかこの女の子がソーラ・バーチだったとは。
モービーのビデオにも出ていて本当にビックリデス。

レヴューは昨晩バイトから帰ってきて観た映画。
もちろん主演はソーラ・バーチ。
原題は『Dark Corners』です。

Another
another.jpg
背後から迫りくる恐怖を想像せよ
 賛否両論、というかネットでちょちょいと調べた限りでは「否」の声しか聞こえてこない、06年発表で日本では劇場未公開のソーラ・バーチ主演作。確かにまあ議論の余地の多い作品ではある。現実感のない抽象的かつ大きく歪んだ世界観を描写するにはやはり情報が少なすぎるか、という印象を受けた。見る人によっては意味のわからないままショッキングなシーンが続くだけの散漫な映画だと感じるかもしれない。「つまらない」と評価した人の理由もだいたいそんなところだ。僕はソーラ・バーチの演技には絶対的な信頼を置いているので彼女を見ているだけで存分に楽しめたのだけども、残念ながら星5つ中1つ2つというのがどうやら客観的・平均的な評価のようです。
 ゴッホは自画像を多く残した画家として知られている。数十枚にも及ぶ彼の自画像について、よく議論されるものとして瞳の純度の差異が挙げられるが、僕はそこに描かれているゴッホ自身の姿そのものよりもその背後に描かれる何かにいつも強く惹かれる。写真を撮る時にあなたは当然のように後ろの景色を意識するだろう。それと似たようなものだ。ゴーギャンとの関係の悪化が原因で耳を切り包帯を巻いたままのゴッホの背後に描かれた日本の浮世絵。何かを見据えたような屹然とした表情のゴッホの背後から立ち上る不可解な渦。それらは時としてゴッホの姿や瞳それ以上にゴッホという人間を雄弁に語り始める。僕たちは背後の世界なしに物語を語ることはできないのだ。
 眠るたびに入れ替わる人格、カレンとスーザン。どちらが現実でどちらが夢なのか、どちらも現実でどちらも現実でないのか、奇妙に捩れたまま物語の進行する所謂パラドックス・シチュエーション・スリラー。夢の中で目撃する、イメージのまるで違うもうひとりの自分。自分のようで自分でない、自分でないようで自分。その感覚は鏡の世界を見つめる時のそれに近いものかもしれない。決して手の届かない反転した世界でもうひとりの自分に襲い掛かる恐怖。ゴッホは自画像を書くという行為を自己を見つめ直す手段として位置づけていた。そうして鏡を見つめる時に、そこに映る自分の背後に佇むものが無言の悪意だったら――。振り返ることさえも怖い、背後の恐怖を想像する恐怖。それとも狂っているのは自分自身なのか? その背筋の凍るような体験を僕は堪能できたつもりだ。
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02:54 | 映画 | comments (2) | trackbacks (0) | page top↑
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コメント

#
いつか、ゴッホとゴーギャンの映画を観た記憶がある。

そのとき、「なんで耳?!」ってすごく思った。

あの場に私がいたら、歴史は変わってたのかなぁ。
それとも歴史は私を無視して、ゴッホはやっぱり耳を切り落とすのかなぁ。
by: まほーびん | 2009/03/25 17:15 | URL [編集] | page top↑
# まほーびんへ
俺の持ってるゴッホの本には「思わず」って書いてる。
いや、思わず耳切らんやろ。笑

どうだろうねー。
心情的には、まほがいてもゴッホは耳を切ったと思うけどね。
むしろ鼻も切ったかも。笑

もっと心情的に言うと、ゴッホが耳を切ったからまほはいつかのどこかにいるんじゃないかなーと思う。

ゴッホが切った耳は、「まほう」の「う」やったんよ。
だから「まほ」笑

「ーびん」は今多分まほの側にある。
by: 幸大 | 2009/03/26 02:05 | URL [編集] | page top↑

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