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右上には文字通りの舞城が

フルシアンテ
私たちがやっているのはもはやロックではありません。
私たちがやっているのはアートです。

意識的なアートなんて大嫌いだ。
アートたらんとしてアートしているアートなんて、なんだよそれ。

でも、うん、このアルバムは確かに良かった。
アートワークが最初は気に入らなかったけど、
聴いた後にはこのアートワーク以外にはありえない
と思えたから良かった。

レッチリのことほとんど何も知らないけども。
読書しながら聴くのにいいかもこれは。

The Empyrean
/ John Frusciante

John Frusciante-Empyrean
君と僕とに引き裂かれた世界
 スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』はとても興味深い映画だった。人間の興味や興奮の対象が、手元に転がっている木の棒から果ては宇宙にまで広がっていき、そして最後の最後にその宇宙さえも内包し得るほどの巨大な世界は人間の想像力にこそ宿るという、息を呑むほどの圧倒的な帰結の物語だった。そして、多分に誇大妄想的なその物語は、ひとりの人間の誕生とはそれそのものがすでにひとつの世界の誕生なのだという壮大なボジティヴィズムによって支えられていた。
 ジョン・フルシアンテという人は、一度は人間のその果てしないポジティヴィズムを完全に放棄した男である。人間であることを止めた男である。今年一月に発表されたそんな彼の最新作には、「天と地」「光と闇」「君と僕」といった決して相容れることのない対極のイメージがあちこちに散りばめられている。アートワークや詞を見てみても、彼の中にすでにひとつの明確にして完結した(もちろん続きがないという意味ではない。広がりは圧倒的である)世界観が息づいていることは容易に理解できる。しかし、精巧なアートワークがすべてを語っているとも言えるが、そこで出会うはずの「君」と「僕」は、どうしようもなく引き裂かれているのだ。そして、ジョン・フルシアンテは明らかに、まだ土に半分埋もれたままの「僕」を歌っている。上空で美しく舞う「君」に辿り着きたい、失われた世界の半分を取り戻したいと。そのために、俺はもう二度とギターを手放すわけにはいかないんだ、俺はもう一度誕生しなければいけないんだと。この作品を覆う、静謐にして凶暴的なまでに張り詰めた緊張感に触れて思うことは、そういうことである。
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