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悲しみを燃焼しろよ

クサイハナ
やっぱりポケモンの中ではクサイハナがダントツでかわいい。
ラフレシアに変身させてしまうやつなんて完全にモグリだと思うのだけど、
どうだろう。
ラフレシアにはちょっと、品がないよね。

例えば“ちょうおんぱ”でもやられてポケモンが混乱してしまった時に、
わけもわからず自分を攻撃してしまうことがある。
他のポケモンだと結構キレそうになるのだけど、
クサイハナだけは許せる。
何が悲しくて、クサイハナは自分を責めるんだろう。

花という極限の美しさを誇示しながら、
自ら堕ちていくクサイハナ。


腑抜けども、悲しみの愛を見せろ
/ 本谷有希子

本谷有希子-腑抜けども、悲しみの愛を見せろ
人事だなんて思うな
 音楽にしても映画にしてもそうだが、喜びよりも悲しみの物語の方がよりリアルに感じられるのは何故だろう。喜びなんて嘘っぽいから? いやいや本物の喜びだって世界にはたくさんある。悲しみと真実こそがイコールの関係とか喜びより悲しみの方が割合が高いとかだなんて決め付けるのは早計というものだろう。「これは実話を基に……」というお決まりの宣伝文句がむしろ偽りの臭いをプンプン発しているように、真実だと思っていた悲しみが実はとんだ紛い物だったなんてよくあることだろう。それでもやっぱり悲しみの方がなんだか真実味がある。もしかしたら、僕たちは悲しみをきちんと消化していないのかもしれない。誰だってわざわざ喜びを避けるようなことはしない。でも、悲しみはどうだろう。目の前にある悲しみを、僕たちはやり過ごしてしまいがちではないだろか。喜びはちゃんと食っているから、これ以上は過食気味でもうたくさんってなってしまうのかも。消化すべき悲しみをちゃんと食っていないから、他者の悲しみでそれを補おうとしているのかも。でも、その悲しみは結局のところ他者のものでしかない。きちんと消化したつもりになっていても、僕たちの背後には放置された他でもない自分自身の悲しみがうず高く積み上がっているのかも。その姿はまったくもって喜ばしくない。朝起きてちゃんと鏡は見たか? 
 女優としてなかなか成功しない自分の才能の無さを不理解な世界のせいにして悲しみから逃避し続けてきた女性が、すべてを暴かれ、ほとんど狂い果ててしまうこの残酷な物語は、ここからまた始まれるという希望か、ひとりの人間を徹底的に打ちのめす絶望か、それとも彼女の人生そのものを完膚なきまで否定する無望か、読む人によってかなり印象が変わるのでは、と思えるほど紙一重である。でも、彼女が悲しみから逃避してしまったこと自体は、仕方のないことだ。自分の悲しみをきちんと飲み込めるほど僕たちは図太くできていない。そんな卑屈な僕たちだからこそその情けなさだけは胸にしっかり刻んでおけとでも言うかのような強い憤りをこの挑発的なタイトルには感じる。自分だけが特別で美しいとでも思ってるんじゃないか?と。さぁ、である。腑抜けども、悲しみの愛を見せろ。
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02:20 | | comments (2) | trackbacks (0) | page top↑
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コメント

#
わたしは悲しみを求めない。
何故だろう。
苦しみが生み出す喜びも嫌い。
かなしいね。

もしかしたら私自身が、かなしみなのかも。

かなしみの使者!w
なんてねw

きっとわたしはH.A.P.P.Y.の使者さ☆
by: ま★ | 2009/03/13 08:03 | URL [編集] | page top↑
# ま★へ
まほがH.A.P.P.Y.の使者なら
俺はD.A.N.C.E.の使者だ!
誰も見てないところで踊るよ今日もマイ・ダンス。

まる。で終わらせたら躍動感ゼロ。

D.A.N.C.E.の死者。
悲しい。

こんな時は、富士見ホールにレッツゴーやね笑
こわ~
by: 幸大 | 2009/03/14 00:50 | URL [編集] | page top↑

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