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僕とあなたで世界は完結していれば良かったのに

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実家に帰ってきました。

毎回夜行バスで帰ると目にする光景だけど、
深夜の高速にはトラックしか走っていない。
パーキング・エリアを埋め尽くすのも、トラックばかり。
ほとんど見分けのつかないような何台もの大きなトラックが、
同じところを目指して大行進している。
世界が寝静まった真夜中に。

自分がネットで買い物した商品もこうやって運ばれてきてるんだろうけど、
夜に活発に動くものを見ると、
なんだか大人の秘密を垣間見たような気分になる。
こうやって大人は世界を回してるんだ。
すごいなぁ。

ロックンロールも空を飛ぶのも実は似たようなもの。
大人は地面にしっかりと足をつけて、這うように進む。
森博嗣『スカイ・クロラ』とマンドゥ・ディアオが今朝のお供。
マンドゥ・ディアオ、新作出ましたね。

Bring 'em In
/ Mando Diao

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21世紀の『プリーズ・プリーズ・ミー』
 21世紀は「ロックンロール・リヴァイヴァル」という言葉と共に幕を開けた。ストロークスが鮮烈なデビューを飾り、ホワイト・ストライプスが三作目にしてついにシーンの表舞台に浮上した。他にも世界各地から様々な優れたデビュー作が放たれたわけだが、その一連の流れにあったひとつの共通点は、「シンプリティ」である。派手なプロダクションを排除しロックンロール本来の強度を取り戻そうとした営みとしてのロックンロール・リヴァイヴァル。スウェーデンから彗星のごとく現れたマンドゥ・ディアオのデビュー・アルバムである本作も、そんな時代の流れを象徴する一枚として現在でも語られている。それでは彼らが本作で取り戻したロックンロールの魅力とはいったい何なのか。はっきり言って、ストロークスはなんだか都会的に洗練されすぎていたしホワイト・ストライプスは異色過ぎたし当時も全然リヴァイヴァルだとは思えなかったし実際リヴァイヴァルなんてどこにもなかったのだけど、あえて言うならマンドゥ・ディアオの本作はロックンロール本来の「かっこ良さ」を取り戻した作品だと思っていて、今でも大好きだ。「かっこ良さ」といってもそれはもちろん公権力に拳を突きつけるようなアジテーションでもアートを突き進む前衛性でもなく、ギターの音が「ジャガジャ~ン」と鳴り響いた時の、ものすごく単純な意味での感動である。「バンドってかっけぇ」という、アレである。そして、その感動の最たる要因は何かといえば、それはもうただひたすら曲が良い、の一言に尽きる。90年代後半以降、隆盛するヘヴィ・ロックの勢いと共にロックはひたすら高音圧を求め、21世紀を迎えた頃には極一部のバンドを除いてそれらのほとんどが破裂寸前の風船のようなギリギリの窮地といった状態だった。そんな中で、曲が良いだけでロックはこんなにもかっこ良いということを証明してみせたのが彼らマンドゥ・ディアオだった。バンド活動はスウェーデンの退屈な工業社会からの逃避手段だったと語る彼ら。ストロークスやストライプスがシンプリティのその先にロックの未来を見出し、誤解したメディアが「リヴァイヴァル」を掲げロックの過去を振り返り、そして、マンドゥ・ディアオは誰よりもロックの足元を見つめていた。そういうことである。
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09:10 | 音楽 | comments (2) | trackbacks (0) | page top↑
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コメント

#
ちょっとこないだのコメントもらいます。

私は阿呆だから、すぐ大事なことを忘れてしまうので。

ありがとう。

by: ま★ | 2009/03/05 21:11 | URL [編集] | page top↑
# ま★へ
コメントもらう?
何のありがとう~?
変なこと言ってるね笑

とりあえず、真帆は阿呆じゃないよ。

真帆(maho)が阿呆(aho)になるには“m”がなくなればいいわけやけど→“m”を消す→“m”はアルファベットの13番目→13といえば13日の金曜日→金曜?→きんよう?→そんなことは、できんよう。

真帆を阿呆にするなんて、できんよう、です。

数百倍変なこと言った気がしますが、最後の駄洒落オチは学び舎の彼からの引用です。

いやぁ言葉って、本当に面白いですね!
by: 幸大 | 2009/03/06 03:02 | URL [編集] | page top↑

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