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No.03

Dig Out Your Soul
/ Oasis

Oasis-Dig Out Your Soul
俺は俺自身である必要がある
 オアシスのライブでは、すべての曲をファンが熱唱する。お決まりの一曲、なんて生易しい演出ではなくて、本当に会場中が死に物狂いですべての曲を歌う。“ドント・ルック・バック・イン・アンガー”のイントロが流れ始めると皆、「絶対にノエルには歌わせねえ」と意味もなく意気込む。ブートにはファンの歌声ばかりでバンドの歌声が全然聴こえない悲惨な(?)ものまである。実は、ノエルはそんなファンにキレたことがある。俺が“ワンダーウォール”でしっとりキメてるんだから、お前らちょっとは静かに聴きやがれと。それでも皆歌い続けた。聴きに行くのか歌いに行くのかわからないライブに、それでも足を運んだ。バンドの連中以上に声を嗄らしながら、「これこそオアシスだぜ!」と快哉を叫びながら、皆それぞれの帰路についた。
 そこに、オアシスのすべてがあったと言って良い。「オアシス」という名の下に、無条件に人々をひとつに繋ぐ強烈なユニティ。その大合唱は、公団住まいのしがないキッズに夢を与え、ブリットポップ戦争という労働者階級の一致団結を促し、それはグランジというアメリカ産カルチャーに蹂躙されつつあった英国ロックそのものの復権現象にまで華々しく昇華されていった。そして、その最も中心部にあったのは、間違いなくノエルの書く天下一品のメロディだった。ノエルがあのメロディを書き続ける限り、人々はただそれだけでひとつになることができた。いつだって未来は明るかった。だから、野心的な変化が美徳として高く評価されるロックの世界で、オアシスだけが「変わらないこと」を頑なに強要され続けてきた。オアシスが変わる時、それは、彼らが未来を紡げなくなるまさにその瞬間だったのだ。
 そして、それはオアシスのメンバーたちにとってもそうだったんだと思う。しょーもない喧嘩や騒動で解散の危機に直面したことは何度となくあった。ノエルはソロでやっていたほうが自由も多かっただろう。ヤク漬けの悲惨な状況まで通過した彼らが、それでも最優先してきたことは、あくまで「オアシスとして」バンドを前に進めることだった。そのためには慣れ親しんだメンバーの解雇だって躊躇はしなかった。ノエルは90年代を代表する名ソングライターである。リアムは90年代を代表する名シンガーである。それでも、「オアシス」というユニティは、ノエルやリアムという稀有な存在よりも遥かにデカかったのだ。
 ゲムとアンディが初めて制作に参加した02年作『ヒーザン・ケミストリー』以来、オアシスはバンドの構造を緩やかに、慎重に変化させてきた。それまでオアシスのソングライターはノエルの他にはいなかった。しかし、リアム、ゲム、アンディもそれぞれに作曲をこなし、ノエルの楽曲と拮抗できるレベルにまで鍛えぬくこと。それはつまり、ノエルのメロディにしか宿らなかった「オアシス」という奇跡を、別の形で呼び起こそうとする試みだったのだ。ノエル曰く聴くメロディよりも体感するグルーヴを優先した本作。しかし、本作で「オアシス」はそんな揺らめくサイケデリアに宿ったわけではない。それまで「オアシス」という奇跡の中で自由に暴れまわっていると思っていた彼らが、初めて「オアシス」をコントロールしようとしたことそのものに「オアシス」は宿ったのだ。なぜなら、それこそがロックンロール・バンドというフォーマットの最も本質的な部分であるべきだからだ。
 ノエルが曲を書き、リアムが歌う。そこにしかオアシスの意味はなかった。結成時のメンバーが今やこの二人しか残っていないということからしても、そうなのである。たったそれだけのことで、オアシスは「オアシス」たりえていた。でも、それはもう違うんだと思う。オアシスの本質はもはやノエルのメロディやリアムの歌声には存在していない。なぜなら、「オアシス」とはもはやノエルやリアムのことではなく、「ロックンロール・バンドである」という純然たる事実そのものだからだ。これは、そういうアルバムである。デビュー・シングル“スーパーソニック”の第一節でオアシスは「俺は俺自身である必要がある」と言い放った。だとしたら、オアシスが頑なにロックンロール・バンドであろうとし続けてきたその信念は、やはり間違っていなかったのだ。オアシスにこのアルバムを掴ませたのはまさにその信念以外の何物でもなかったのだから。そこにもまた、別の未来があったのだから。そういえば、本作収録曲の合間に一部効果音が挟まれているのだが、ジャケットはこんなにもギラギラのサイケデリアなのに、そこにはクソ現実的な浜辺を歩く足音とさざ波の音が鳴っていたりする。それはまさに、オアシスというロックンロール・バンドが、ようやく本当のロックンロール・バンドとしての正しい岸辺に辿り着くことができたことを表しているようではないか。
 どうやら『ディグ・アウト・ユア・ソウル』のツアーでオアシスは一曲目に“ロックンロール・スター”を歌っているようだ。たったの一夜だけ、ロックンロールの主役になることを許されたかつての男は、死ぬほど憧れていたまさに本物のロックンロール・スターとして、今夜もその歌を歌う。次はお前たちの番だと。「俺が俺自身である」限り、そこに、未来はあるのだと。
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00:16 | 音楽 | comments (4) | trackbacks (0) | page top↑
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コメント

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これってdigoutのレビューなんですか?
by: 名無しの権兵衛さんの | 2009/01/26 00:39 | URL [編集] | page top↑
# 名無しの権兵衛さんへ
う・・・そう言われるとレヴューらしくはないですよね。
でもあの曲はああだこうだ、っていう
所謂レヴューらしいこと書いても僕は救われないので、
うちのブログのレヴューはこんなんばっかです;

気に入らなかったらすみません、
としか言えないです;
by: 幸大 | 2009/01/26 01:16 | URL [編集] | page top↑
#
学生さんなのに博識だな~と思ってこっそり読ませていただいてました。
が、なんだかひっかかってしまって。

ひとのブログに土足で上がりこんで何様だって感じですが…

これからも面白いの期待してます。
by: 名無しの権兵衛さんの | 2009/01/26 23:00 | URL [編集] | page top↑
# 名無しの権兵衛さんへ
恐縮です;
でも最近テストやらなんやらで忙しくて、
せっかくのベスト・ディスクなのにやっつけ仕事になってきてる感は否めません・・・・・

面白いと思ってもらえるものがひとつでもあれば光栄です。
これからも頑張ります!
コメントありがとうございました。
by: 幸大 | 2009/01/28 01:15 | URL [編集] | page top↑

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