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No.10

4:13 Dream
/ The Cure

The Cure-413 Dreams
悩み苦しめ、本当に狂ってしまわないために
 ゴス・メイクで表情を作って甘くも暗いサウンドを鳴らしていれば世界観とまではいかなくてもそれなりのムードを作ることはできるだろう。それがたとえどんなにファッション的な表層音楽でしかなかったとしても、魅了される人は少なからずいるだろう。でも、それを20年間も貫き続け常にシーンの最前線の立ち居地を守ることができるか、ということになれば話は別だ。そんなものはほとんど神話に近い。そして、80年代ニュー・ウェイヴ期に一気に狂い咲いたゴシック・ロックに水をやり続け、20年後の08年にも同じメイク・髪型でこの傑作アルバムを届けてくれた実在する神話、ザ・キュアー。その存在がいかに特別なものであるか、わかっていただけるだろうか。本作は通算13作目となるオリジナル・アルバムで、恐れることなく言うならキュアーの最高傑作。アルバムの説明はそれだけで十分だろう。
 キュアーの表現の核には極めて根源的なひとつの不安が根を張っている。それが「自分はいったい誰なのか?」という本自我の迷子に端を発する不安感だということは多くの人がもうすでに知っていることだろう。本作でも揺らいでいないそのダークな世界観が僕たちの心を魅了して止まないのはいったい何故なのか。とりあえず、僕たちも自分がいったい誰なのかわかっていないから、ということにしておく。実際にそういうところはあるだろう。本作のアートワークには「私の人生において、この世に確かなものなど何もない」というゴッホの言葉が綴られている。自分が誰なのかすらわかっていないのだから、自分の存在ですら不確かなものなのだから、ゴッホのこの言葉は至極当然であり普遍的だ。僕たちは結局のところ何もわかっちゃいないのかもしれない。すべてが不確かに思えるこの世界で、それでもたったひとつの確信を見つけるために僕たちは生き続けているのかもしれない。それはわかった。そこはもういい。だとすれば、ゴッホがそのことをわざわざ書き残したことにどんな意味があったのだろう。もう新たな作品を発表しなくたって食うことには困らないであろうロバート・スミスがわざわざそこに憂いでみせることのその先に、いったい何があるというのだろう。「自分はいったい誰なのか」。そんな世捨て人のような自問自答は不毛だ。そんな効率の悪い生き方はない。そんなことに本気で思い悩んでいたら、人は「病んでる」「狂っている」と引いてしまうかもしれない。それでもゴッホとロバート・スミスはその自問自答を止められなかった。「自分はいったい誰なのか」。その問いかけを止めた時、この不安感がどうでもよくなってしまった時、僕たちは多分、本当の自分さえ失ってしまうから。
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