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No.20~No.11

No.20
Glasvegas / Glasvegas

Glasvegas-Glasvegas.jpg
孤立から孤高へ
 音の密室みたいな音楽。それがグラスヴェガスのロックに対する僕の第一印象だった。世界で巻き起こっているあらゆる出来事や混乱を徹底的に遮断する鉄壁のウォール・オブ・サウンド。外部の空気やトーンに侵されることをひたすらに拒むかのようなその極端に隔絶された空間に取り残されたものは、失われたものに対する、行き場をなくした圧倒的な悲しみと、自分というたったひとりの人間のみ。悲しみと対峙することしか許されないこの密室に、それでも最後の最後に希望と呼べるものが頭をもたげ始めるのは、いったい何故なんだろう。先月グラスヴェガスは本作に最新LPを追加したクリスマス・エディションを発表したのだが、そのLPのレコーディングはとある教会で行われたのだという。そして、そこで歌われたことは、やはりやり場のない失望感だったのだ。涙が出るほど象徴的な話だと思う。逃げ場のない密室の中で喪失の悲しみと真正面から向き合うということ。失われたものはもう二度と帰ってはこないだろう。当然、そこに苦しみはあるのだ。どれだけの月日が必要なのかはわからない。けれど、いつか、すべての悲しみが回収され、解放されるまさにその日が訪れた時、閉ざされた密室は、他の誰にも踏み入ることのできない崇高な聖域へと変わるのだと思う。人が何かを守る、ということは、きっとそういうことなんだと思う。


No.19
Day & Age / The Killers

The Killers-Day  Age
涙を流しながら踊り明かそう
 キラーズ通算三作目のオリジナル・アルバムとなる本作は、これまでになく徹底的な構築を図った大飛躍作である。メンバーの時代錯誤的なあの衣装を見ていただけただろうか。前作のシリアスで重く深い雰囲気から一転してステージ・ダンサーへと様変わりしたような突飛のなさというか思い切りの良さ。それは本作のコンセプトにかける彼らの思いの強さの表れでもある。「僕らは人間なのか? それともダンサーなのか?」という問いかけが印象的なリード・シングルの“ヒューマン”。本作はひとえにその問いに対する回答を求めた作品だった。シンセの軽妙なきらめきが眩しいナンバーとステージを降りた後のような落ち着きと暗さが目立つナンバー。前半から後半に向かうにつれてそんな風に移行していくのだが、そのステージを後にした時にこそ「人間なのか? ダンサーなのか?」という問いかけの重みが効いてくる。「何も言えない。何もできない」と消え入るように傷心していくラスト・ナンバー“グッドナイト、トラヴェル・ウェル”。手のつけられないどうしようもない絶望を前に踊ることしかできない僕ら。踊ることしかできない自分に絶望し、それでも前に進まなければいけない僕ら。あの衣装はギャグなんかじゃない。人間は、結局のところ愚かなダンサーに過ぎない。それでも良いんだと認められた時、そこにしかない希望は生まれた。


No.18
Falling Off The Lavender Bridge / Lightspeed Champion

Lightspeed Champion-Falling Off The Bridge
孤独なオナニーを誇示しろ
 シーンの文脈もアーティストの歴史も関係なしに08年のベスト・ソングを一曲選べと言われたら、僕はきっとロス・キャンペシーノス!の“ミゼラビリア”か、このライトスピード・チャンピオンの“ミッドナイト・サプライズ”のどちらかを選ぶ。“ミッドナイト・サプライズ”は、「精子の臭いを嗅げ」とか「手のひらの快楽」とか「キョウモハッシャシテサワヤカ」とかの言葉が出てくる要するに非常に情けない童貞男の歌で、石原慎太郎あたりから有害指定くらいそうな感じなのだが、恥ずかしい話こんなにも強烈なシンパシーを抱いた歌は本当に久しぶりだった。10分もある大曲で、独りぼっちのベッドの上で悶える童貞男の物語が恥ずかしげもなく繰り広げられているのだが、中盤に少しだけ入る女性ヴォーカル以降、男の情けなさは変わらないのに曲そのものの内側から溢れてくる凄まじい高揚感みたいなものに僕はいつも圧倒される。モテないダメ男子にとって、ある意味オナニーとは死ぬほど好きな女の子と繋がれない自分の情けなさとか悔しさとか虚しさとか全部自分にぶちまける行為である。ライトスピード・チャンピオンは、それがどんなに孤独で恥ずかしい行為でも、その独りぼっちの夜の臭いを強く握り締めろ、手放してはいけない、と歌っている。立ち込めるラヴェンダーの匂いに包まれて落ちていくのもアリだ、と。


No.17
Oracular Spectacular / MGMT

MGMT-Oracular Spectacular
さあ、リアル・ライフにおさらばしよう
 アンドリュー(右)の甘いマスクも手伝ってか08年新人勢の中でもひときわ注目を集めていたブルックリン出身のMGMT。なんとも楽しげなことに、ハロウィンに仮装ライブを行ったそう。バック・バンドのメンバーのプレイヤビリティはまさにプロそのものなのに、前に出てる肝心の二人の腕はド素人に毛が生えた程度のレベルだったそう。大学時代にはキャンパス内でふざけたライブばかりやっていたという彼ら。ナイン・インチ・ネイルズからシリアスさを抜き取ったりブリトニー・スピアーズをエレクトロにしてみたり、とにかくハチャメチャだったようだが、今でも変に気張ったりしないで大学時代の延長のまま自然体でヘロヘロやれるのが彼らの一番の魅力だ。そう、悪魔に魂を売り渡したロック・ビジネスや隙のないパーフェクションから夢は生まれない。MGMTが作り出すサイケデリアは、サイケデリアと呼ぶには余りにもハンドメイドなそのポップ・ソングは、お金では絶対に買えない子どものイノセンス=トトロのように僕たちを神秘の森の奥深くへと誘う。辺境の地に秘密のコミュニティを築き、そこで終わらない一日を踊り明かすかのような“エレクトリック・フィール”のビデオはMGMTの愛と背徳のスウィートネスを雄弁に物語っている。永遠のような夜の到来を待ち焦がれるあなたへ。


No.16
The Bedlam In Goliath / The Mars Volta

The Mars Volta-Goloath
この先には「神性」すら感じる
 本作を制作する過程は、彼らにとってひとつの試練だったという。製作途中で巻き起こった数々の不可解な出来事――パソコンやレコーディング機材の故障、エンジニアの奇行、オマーがエルサレムで買ったボードゲーム(アルバム・タイトルの『ゴリアテ』とはそのゲームの世界での神様)の因縁――は、まるで彼らがアルバム完成へと漕ぎつけるのを阻むかのように、制作を強引に混乱へと導いたという。それらの事件が彼らの燃える創作意欲に油を注いだとも言えるし、集中力と精神力を極限まで高めた彼らの狂ったようなセッションはそういった非科学的な現象さえも引き寄せてしまうほどの力を持っていたのかもしれない、とも言える。どちらにしろ、マーズ・ヴォルタというこの異型のバンドを表すにはいかにもなエピソードであることは間違いない。そう、マーズ・ヴォルタとは、「体験」としての何らかの強烈なイメージを皮膚感覚だけを頼りに音として具現化する、非常にアーティスティックな創作集団である。バンドの全体的な指揮を執るオマーは旅先で学んだ宗教や製作中の不可解な現象といった本作にまつわる無形の体験イメージを有形の音像に変換すべく、その神の手を今回もかざしまくりで完璧なサウンド・デザインを作り上げている。圧巻の“ゴリアテ”で聴けるエネルギー拡大発散のカタルシスが象徴する未知的試練完全突破はマーズ・ヴォルタを確実に「次」に進ませた。世界にただひとつのバンドの実に四枚目の最高傑作と言えば本作の凄まじさは少しでも伝わるだろうか。


No.15
Forth / The Verve

The Verve-Forth
ラヴ・イズ・ノイズ、ディス・イズ・ザ・ヴァーヴ
 「本物のバンドはずっと一緒にはいられないんだ。ずっと一緒にやってるなんてリアルじゃないんだよ」と語るリチャード・アシュクロフト。その言葉通り、リアルの在り処を探るかのようにして何度もお互いを傷つけ合い、お互いを引寄せ合い、解散と再結成を繰り返したバンド、ザ・ヴァーヴ。衝撃のデビューから97年の『アーバン・ヒムス』を経て完全に沈黙すまでの狂気の四年間は、時の経過と共に90年代の神話へと昇華し、次の世代にもしっかりと語り継がれていった。そして迎えた08年。多くの伝説的なバンドが再結成を果たしたこの一年、最も完璧なレベルでそれを成し遂げたのが、このザ・ヴァーヴだった。それは「前進」を意味するアルバム・タイトルにも強く象徴されている。『アーバン・ヒムス』で鳴らされた燃え尽きる直前のピュアネスのような漂白された音像ではなく、どこまでも長大でノイズに満ちた、決して円満具足とは言い難いバンド・サウンド。長いブランクを経ての本当に久しぶりのジャム・セッションでこれが自然と出てきたというのは、それがまさにザ・ヴァーヴというバンドの本質だからだ。彼らの未来は、いつだってこのノイズの「その先」にしかなかった。人と人がリアルに繋がり合うということ。そこには当然のように摩擦が生じる。しかし、それを恐れる必要など何もない。“ラヴ・イズ・ノイズ”。彼らにとって、その摩擦というノイズとは、紛うことなき愛なのだから。


No.14
The Colourful Life / Cajun Dance Party

Cajun Dance Party-Colorful
余りにも、余りにも鮮やかな景色
 アルバム発表前から「08年最大の新人」と各誌で騒がれ上半期新人商戦の話題を完全に独占していたケイジャン・ダンス・パーティーのデビュー作。しかし、これはそのハイプな前評判の期待にパーフェクトに応えたアルバムとは言い難い。派手な包装紙を開いてみたら、そこにあったのは、なんというか、余りにもあっけないものだったのだ。そこにあったものは、やはりパーフェクトとは言い難い、拙いロックンロールの数々だった。08年、ケイジャンよりテクのある新人バンドは数え切れないくらいたくさんいた。ケイジャンより文学的なバンドも、先鋭的なバンドも、難解なバンドも、たくさんいた。それでも僕がケイジャンを評価する理由、それは、冒頭曲“カラフル・ライフ”がそのイントロのギターのタッチ・ラインだけで、“アミラーゼ”がアウトロのギターのメロディとその躍動感だけで「描けてしまった壮大すぎる何か」、としか言いようがない。それまで視界を遮っていたすべてのものが瞬時にサアッと脇に流れていくような、ロックンロールの地平からしか望めない鮮やかな景色が、決してパーフェクトではないケイジャンのギター・サウンドには広がっていたのだ。それは理屈やリアリティの問題ではない。「ロマン」と呼べば一気に陳腐になるだろうか。それなら呼び方はなんでもいい。とにかく、それは多分、とても素晴らしいことだったんだと思う。


No.13
Weezer (The Red Album) / Weezer

Weezer-Red Album
ジャケ写Tシャツ、09年も着まくります!
 『グリーン・アルバム』以降のウィーザーの作品は、どれも『ブルー・アルバム』『ピンカートン』に対する何らかのリアクション、回答のような意味合いを持っていたと思う。『グリーン・アルバム』『マラドロワ』は言うまでもなくリハビリ期間のようなものだったし、リヴァースがこれまでになく素直に心情を独白した『メイク・ビリーヴ』は長かったリハビリ期間がようやく終わりに近づいたことを伝えるアルバムだった。結果論でしかないが、だから本作がポジティヴなバンドとしてのウィーザーの極めてポジティヴなアルバムになることはある意味で当然だったのかもしれない。彼らの00年代は、ここで初めて幕を開くことができたんだと思う。実に三度目のセルフ・タイトル、その意味はやはり今回も大きい。どの作品も常に原点からしか始められない不器用な彼らだから発表時に本作が「原点回帰!」と騒がれていたのには首を捻らずにはいられなかったけど、確かにこれまでで一番自分たちの原点に意識的な作品ではある。だからといってあの頃と同じ悩みに同じように憂いでいるわけではなくて、あの頃の苦悶は受け入れるのにこれだけの時間を必要とするほどものだった、ということだ。ほとんどギャグにすらなってないこのジャケ写も最高。08年のジャケ写・オブ・ザ・イヤーはこいつら。リヴァース、子犬みたいな眼してる。


No.12
We Are Beautiful, We Are Doomed / Los Campesinos!

Los Campesinos!-We Are Beautiful We are doomed
僕たちの隠れたアンセムが詰まってる
 「世界に向かって怒鳴れ、君を愛していないこの世界に。頭を下げるんだ、そうしなきゃ生きていけないから」。“ミゼラビリア”のこの二行で決まりだった。08年2月にイギリスで正式にデビューを果たしたカーディフの男女7人組バンド、ロス・キャンペシーノス!は、現在までにすでに二枚のアルバムを発表している。10月に発表された二枚目が「僕たちは美しく、絶望的」と題された本作だ。「壁を突き破って進む方法」というタイトルの楽曲で幕を開ける本作で彼らが歌っていることは、前述の“ミゼラビリア”や「恋愛で上手くやっていく方法は相手が自分を好きなよりも少なめに相手を好きになること。いつも真剣なのは僕の方」といった、意地やプライドを捨てなきゃうまく生きていけない、壁を突き破って進むこともできない、この醜悪で軽薄な世界への諦念だ。自分に対する責任さえも放棄できた時、僕たちは初めて美しい世界の終わりを迎えることができるのかもしれない。でも、それは余りにも悲しすぎる、絶望的すぎるだろうと。しかしだからこそ、彼らはこんなにもポップで楽しげになれるのだ。みんなここに集まって来いよと。ファイティング・ポーズをとることさえ止めてしまったこの叫びは、それでも君のその息の詰まりそうな人生に亀裂のひとつぐらい作ることができるかもしれないと。何を言っているんだと思われるかもしれない。けれど、そう信じ込まなきゃ一歩も前に進めない人間だっているのだ。だとしたら、やはりそこには切実な希望があるのだ。


No.11
Beautiful Future / Primal Scream

Primal Scream-Beautiful Future
ボビー・ギレスピーとその孤独について
 プライマル・スクリームのヴォーカリストと「孤独」なんて言葉が並んでいたら、大半の人は眉をひそめしまうかもしれない。バンド・メンバーと不仲なわけでもないし世界中に多くの熱狂的なファンを持つこの男のいったいどこが孤独なのかと。実も蓋もない言い方をするならば、それは、彼が本当のロックンロール・スターだからだという一言に尽きる。まるで、何度も転職を繰り返しギャンブルと女に溺れる金の溜まらない生活を送りながらずぶずぶと墜ちていく不行者のように、作品毎にスタイルを激変させあらゆるロックンロールに片っ端から弄ばれる快感とスリルに身を浸し続ける男、ボビー・ギレスピー。彼がそんな自分の浅はかな姿を世界に晒し続ける理由はいったい何なんだろうかと思う。そしてそれは、彼が誰にも理解などされたくないからではないかと。無闇やたらに世界と繋がりたがるロックンロール・スターなんてダサ過ぎる。世界の不条理を訴え、熱い共感と支持を獲得する逞しきスター像も、彼には耐えられなかったのだろう。なぜならそれは、この世界の中で、自分が他の誰でもないという叫びなのだから。そもそも彼には居場所なんてなかったのだ。21世紀というこんなにもノー・フューチャーな世界に向かって、狼少年よろしく「君には美しい未来がある!」と大ボラ吹きまくる本作でのボビーを見ていて思うことは、そういうことである。そして、そんな世界にただひとりのロックンロール・スターの佇まいは文字通りに孤独で、それなのに、いやだからこそ、凄まじくかっこいいのだ。
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08:20 | 音楽 | comments (2) | trackbacks (0) | page top↑
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コメント

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ついにキターのす!ね!

とりあえず今日は書き逃げ!

また後日、詳しい感想を書かせてもらいにきます!☆

by: mahoshi☆ | 2009/01/10 16:52 | URL [編集] | page top↑
# mahoshi☆へ
まずはセカンド・アルバムがきたーのす!
ファースト・アルバムは、出てくるかなー?ノス!
書き逃げ結構コケコッコー!
by: 幸大 | 2009/01/10 21:55 | URL [編集] | page top↑

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