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No.50~N0.41

お待たせしました、いよいよ『08年ベスト・ディスク50』の発表です。
08年も多くの優れた作品が発表されましたが、僕の思うベスト50はこれです。
選考基準はいろいろとあります。
そんな中でひとつ強い理由を挙げるなら、
それは、「ポップであること」、です。
ここにもいろんな意味があります。
説明すると長くなるので、もう早速紹介。
今日はNo.50からNo.41までの十枚です。

No.50
We Started Nothing / The Ting Tings
The Ting Tings-We Started Nothing
ちなみに僕はラヴフォックスちゃんの方が好きです
 08年も多くの有望な新人バンドがデビューを果たし、新たなシーンを形成しながらロック界を熱く盛り上げてくれた。そんな中にいて、ザ・ティン・ティンズの毛並みは明らかに他と違っていた。超うさん臭そうなムサ男と超キュートな女の子というなんとも言い難い凸凹コンビぶりも印象に残る存在感を放っていたし、モデルの仕事もしているケイティの独特のファッション・センスはそっちの世界からも注目を浴び、日本ではバンド名についての熱い議論が勃発したりして、とにかく08年のエンタメ界で彼らは欠かせないキャラクターになっていた。ローファイでシンプルでフレーズの繰り返しが多くて、エレポップと呼ぶにはいささかチープで、かと言ってギター・ロックでもなくて、CSSのファーストみたいになんとも形容し難くて、どこにも属さないちょっと浮いた感じのするその音楽は、まさに彼らの独特の存在感そのものだ。それが「中途半端」ではなく、歴とした「個性」になっている。シングル&アルバム共にまさかの全英一位を獲得したというのは本当に驚きだが、そのアルバム・タイトルが「うちら何もしてないよ」って。なんだか一杯食わされたような。08年、とにかく浮きまくっていた新人。それでも僕はケイティちゃんよりCSSのラヴフォックスちゃんの方が好きです。


No.49
The Script / The Script

The Script-The Script
どん底からこみ上げるピュアネスの音楽
 マルーン5のデビュー・アルバムなんてそれの最たるものだが、モダンかつスタイリッシュなR&B的リズム感と木漏れ日のようなピアノのメロディが描き出す切なさなんて、極めて表層的な音楽である場合がほとんどである。BGMには良いかもしれないが、ひとつの作品を聴き込んで深い世界観に浸る、なんて代物とは程遠いものだ。08年にデビューしたアイルランド出身の三人からなるザ・スクリプト。N.E.R.D.のサポート・アクトを務めた経験があるだけあって、ヒップホップからの強い影響を受けたその独特のリズム・センスはこのデビュー作の時点ですでに磨きが掛かっている。一聴しただけでコマーシャルなポテンシャルの高さがわかる高純度・高感度な音楽だが、彼らの場合、深奥部でうずく根強い絶望感が一見表層的なそのオシャレ系ミュージックに特別な深まりを与えている。そして、彼らの抱え込んだ絶望は“ウィ・クライ”という普遍の名曲の下に、人々の共有すべき悲しみへと発展する。すなわち、「俺たちは」泣く、と。人と人とを強烈に繋ぐ彼らの音楽は、そのまま彼らの絶望の救済になっているのだ。非常に貧しい地域・タフな状況の中で育ってきた彼らにとって、音楽は文字通りの憧れであり希望だったという。音楽への無償の信頼に満ち溢れた素晴らしい一枚。信じる者はやはりこんなにも強い。


No.48
Ladyhawke / Ladyhawke

Ladyhawke-Ladyhawke.jpg
したたかな魔法
 レディホークとしてはこれがデビュー作となるピップ・ブラウンだが、もともとパンク・バンドやエレクトロ・ハウス・ユニットにも参加していたという彼女は現在27歳と新人女性シンガーとしては決して若くない。ファッションにも音楽スタイルにも80年代からの強い影響が窺えるが、別に多感な10代を80年代に過ごした世代ではない。僕たちには理解し得ない個人的な思い入れ・譲れないものがあるのだろう。小さな頃から極端にシャイで友達もいなくいつも独りぼっちだったという彼女。ネコとゲームだけが友達だったという彼女の幼少期をそのまま絵にしたようなアートワークは印象的だ。そこに描かれている彼女の姿が「かつて」ではなく「現在」であるという事実が、重い。そこで彼女が夢中に遊んでいるゲームは、最新機種などではなく、スーパーファミコンなのだ。これがWiiとかPS3だったりしたら、意味はないのである。言うまでもなく、閉じた世界の中で孤独と共に過ごす時間が長かれば長いほど、人は自己を強固なものへと育てていく。そんな人間が、自分がそんな人間であることを隠すことなく人とコミュニケーションを図ろうとするとき、そこには奇跡が宿るものなのだ。これはレトロとか懐古主義なんていう穏やかな懐かしさとは無縁のものだ。奇跡は、ひとりの少女の時を止めたのだ。


No.47
That Lucky Old Sun / Brian Wilson

BrianWilson-ThatLuckyOldSun-coverar.jpg
「それでも続ける」ということ
 古巣キャピタル・レコードに戻り、夏、サーフィン、女の子、カリフォルニア、という極めて陽性なビーチ・ワードを散りばめ、66歳を迎えたブライアン・ウィルソンは本作で再び青春を取り戻した。これはブライアン・ウィルソンのソロ作品というよりも、ほとんど『ペット・サウンズ』以前の、ブライアンが壊れ始める前のビーチ・ボーイズだ。このアルバムを聴くと、40年近くも凍結してしまっていた『スマイル』の物語は、ようやく解凍されたのだなと思う。過去をかなぐり捨て、まったく新しい物語をスタートさせるのではなく、一生消し去れない「あの頃」にあえて戻り、そこから再びポジティヴにやり直すということ。ブライアン・ウィルソンの頭の中で音楽は究極的にこう鳴り響かなければいけなかったのだろう。そう、終わってしまったものは、二度と取り返せないものは、もう一度始めからやり直してしまえば良い。もう一度「あの頃」に戻れば良い。それは絶対に後ろ向きな行為ではない。過去を引きずることも、そんな自分に絶望することも、絶対に不健全な行為ではない。引きずることがもしいけない行為なのだとしたら、このアルバムがこんなにもキラキラして瑞々しいわけがないじゃないか。忘却の果てに希望があるのかどうかは僕にはわからない。でも、「それでも続ける」ということ。その先に、ロックンロールの希望はある。


No.46
Christmas On Mars / The Flaming Lips

The Flaming Lips-Christmas On Mars
最高のクリスマス・プレゼント
 オリジナル・アルバムですらない映画のサントラをこんなところに入れてしまって申し訳ない。完全に個人的な趣味です。すんません。ほんとにフレーミング・リップス好きなんです。ウェインが監督を務めメンバーやバンド・クルーもこぞって参加した映画の方はもう笑いが出るほど安っぽかったけど(それでもさすが、内容はめちゃくちゃ良い映画だった)、こっちは本業だけあってやっぱりすごい。そもそもが音の魔法でファンタジーを創造するバンドである。ファンタジー映画のサントラなんてほとんど御家芸のようなものだ。とは言ったものの、もちろんいつものリップスそのまんまではなくて、オーケストラを全面に押し出し幻想的なところを残したままのリップスの音楽から言葉やビートといった具体性を抜き取ったかのようなこの夢見るようなサウンドは、言ってみればリップスが描く銀河の抽象画だ。暗くだだっ広い空間に、今そこで音が鳴っているということそのものがすでに奇跡なんだ、とでも言うかのような美しくも儚い世界観。唯一の言葉である楽曲名は、絶望、孤独、自殺などのネガティブ・ワードで溢れているが、音楽そのものがそんな暗さを片っ端からいとも簡単に逆転させていく。音楽が降り注ぐとき、不可能は可能に変わる。音に、光を感じる。


No.45
Punkara / Asian Dub Foundation

punkara.jpg
ADFを繋ぐ強さ
 ディーダー不在の状況でADFならではのグルーヴをいかにして鳴らすか――。00年以降の彼らの創作活動の重大な課題であったそれを、新メンバーを加えあっけないほど鮮やかにクリアーしたのが03年発表の傑作アルバム『エネミー・オブ・ジ・エネミー』だった。そこから一枚のアルバムを挟み、更なるメンバー・チャンジも経験したADF。そんな彼らから08年に届けられた通算6作目となる本作は、『エネミー・オブ・ジ・エネミー』に勝るとも劣らない、楽勝で及第点の快作となった。パンク+バングラ=『パンカラ』というアルバム・タイトルが示すとおり、政治的ステートメントよりも音楽集団としてのADFの特性が強く打ち出された作品である。ドラムンベースやエレロクトロ・ビートなどのレイヴ的要素よりもギターやベースの生音が強く押し出されているのが印象的だ。音楽集団としての、ライブ・バンドとしての自分たちの原点に立ち返り、改めて絆を深め合ったような作品。それは当然、この後に待ち受けている対世界という戦いを再び引き受ける血の契約を交わした、という意味でもある。ADFとはそもそもそういうバンドである。メンバーが変わってもその本質的な怒りが揺らがないのは、彼らを繋いでいるものが世界のクソみたいな現状へのフラストレーションだけではないからだ。彼らの過去と未来を苛烈なほどに結びつけるアジアの「血」が、もたしても熱く脈打ち始めている。


No.44
Donkey / CSS
Css-Donkey.jpg
それでもロックは十分に重い
 前作のツアーと平行する形で作られたCSSのセカンド・アルバムである本作は、ライブの生の興奮や演奏を重視する非常にロック的な内容のアルバムとなった。そもそもが音楽的な経験など何ひとつない退屈した女の子たちとひとりのおっさんがなんかオモロイことないやろかと始めたのがこのバンドだったわけだが、素人同然の彼女たちは前作でどうしてもコンピューターやシンセサイザーに頼らざるを得なかった。多くのステージを経験しロック・バンドとしての筋力をようやく獲得できた本作ではギターの比重がグッと高くなり、前作よりも遥かにパワフルで躍動感溢れる素晴らしいアルバムに仕上がっている。CSSが面白いのは、そのバンドの変遷が、ロック・バンドとしての成長ではなく、まるでロック・バンドの誕生そのものの物語のようであるところだ。「セクシーでいることには飽き飽きなのよ!」というビヨンセの発言をバンド名に掲げる彼女たち。ライブで下着投げまわったりぴちぴちむちむちキャットスーツで登場したり、とにかく破天荒な彼女たちだが、この単純な倦怠感に責任を果たせなくなったらロックは完全に停止する。世界への危機感や社会への告発なんて立派な問題意識を持たずとも、ロックはどこからでも始められる。これからもどんどん前進していけると思うけど、CSSには彼女たちだけの目的を失って欲しくないなと思う。


No.43
Seeing Sounds / N.E.R.D

NERD-Seeing Sounds
進化する猿
 そもそもN.E.R.Dとは、それぞれにR&Bやヒップホップの深い理解と素養を持った三人のブラック・ミュージシャンが集まってロックンロール・バンドとしてのグルーヴを手に入れるための道程だった。一度完成させた作品を本物のロック・バンドに演奏させて作り直したファースト。彼ら自身が実際に楽器を手に取りロックンロールの本当の肉体性とセクシーさを再現したセカンド。それが、日頃ブラック・ミュージックなんて聴かない白人キッズまで巻き込む大ヒットになった時点で、N.E.R.Dはすでに正真正銘のロックンロール・バンドになってしまっていたのかもしれない。レーベルとのいざこざでバンドは一時活動休止にまで追い込まれたが、それなりに充実感と達成感はあったのではないだろうか。ファレルの無責任な発言からバンド解散の噂が囁かれたりもしたが、個人的にはそのまま解散していたとしても決して不自然なことではなかったと思っている。少なくとも、08年N.E.R.D大復活作となったこのアルバムが発表されない可能性はあった。それでも、彼らが選んだのはこれだったのだ。前作『フライ・オア・ダイ』の明らかな「次」を告げるこの機械によるサウンド・プロダクションの妙。彼らは自分たちひとりひとりの独立した成長よりもN.E.R.Dというロックンロール・バンドの更なる前進を選び取ったのだ。


No.42
Hard Candy / Madonna

Madonna-Hard Candy
標的は僕たち
 マドンナと同じく80年代に絶頂期を迎えた女性シンガーであるジャネット・ジャクソンも08年に最新作『ディシプリン』を発表したが、マドンナの『ハード・キャンディ』とジャネットの『ディシプリン』は、彼女たちが各々に表現へと向かうモチベーションの共通点と差異を図らずも浮き彫りにする作品となった。ダンスであること、セクシーであること、を基本的に共有する彼女たちの表現は、その矛先だけが大きく異なっている。ジャネットの『ディシプリン』が「規律」という自分へと向けられる厳しさなのに対し(ジャネットは『コントロール』のときからそうだった)、マドンナの『ハード・キャンディ』は言ってみればアメとムチを駆使することで、陥穽にはまってにっちもさっちもいかなくなった世界をここからどこかへ導くための怒りとエネルギーだった。ジャスティン・ティンバーレイクがゲスト参加したリード・シングルで「世界を救うには残り4分しかない!」と歌われているが、それぐらいの性急性でもって行動を起こさなければ世界は堕ちる一方だとマドンナは僕たちの尻を叩いているのだ。08年、アメリカでは史上初となる黒人大統領が誕生したが、マドンナは彼への支持を前々から表明していた。この歴史的出来事は、アメリカを、世界を、果たして変えることができるだろうか。新しい歴史は、まだ始まったばかりだ。マドンナの闘いは継続する。


No.41
Pheonix / Zebrahead

Zebrahead-Phoenix.jpg
シマウマは君のためなら空も飛ぶ
 ゼブラヘッド。僕が彼らと初めて出会ったのはいったいいつのことだっただろう。それは僕の暗黒時代、中学二年の夏ごろだった。くだらない学校に毎日通って、男子からは苛められ、女子からは嫌がられ、家に帰る前に弁当捨てて、しまいには腸に穴が開いて……本当に、本当に自分はよくここまで辿り着いたなと自分で自分を誉めてやりたいくらいの最悪の生活の中で、下ネタ全開で“プレイメイト・オブ・ザ・イヤー”なんてアホみたいな曲を全力で歌う彼らは僕のヒーローだった。こいつらは僕ひとりのためだけにこんなバカ騒ぎしてくれてるんだ、と本気でそう思い込んでいた。早いものであれから七年も月日は流れていたんだ。僕はとっくの昔にあのクソったれな中学なんて卒業して、最高の高校生活も思い出になって、気付けば大学生活は折り返し地点を過ぎていた。彼らはあれから何枚も作品を発表して、その度にファンを増やして、ボーカリストも変わって、つまりは僕も彼らも、もう七年前とはまったく違う場所でそれぞれに動いているのだ。それなのに、何なんだろう。何故なんだろう。こいつら何も変わってない。かつての僕みたいな14歳のために、「サイコー!サイコー!」「ウォオー!ウォオー!」なんて叫んでバカ騒ぎしている大人がここにはいる。キッズのために、ただそれだけのためにアホになれる大人が、今もここにはいる。
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