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煙か闇か食い物

Portis.jpg
深夜だし、治安悪いし、寒いし、というわけで、
ついさっきサークルの後輩の家から同期の子の家まで
魔女宅キキのごとく荷物をお届けしたらお礼にお菓子とカフェオレをくれた。
やったね。
深夜の頼もしいお供たちです。

今聴いてるのはポーティスヘッドの『サード』。
08年振り返り中です。
これまたタバコの煙に包まれて、
自分を閉ざしたくなる音楽ですね。
彼らのファースト・アルバムをレヴュー。
そう、こんな世界は「ダミー」だ、とポーティスヘッドは言っている。
もちろん、向こうの世界から。

Dummy
/ Portishead

Portishead-Dummy.jpg
鏡の中のポーティスヘッド
 オアシス『ディフィニトリー・メイビー』とブラー『パークライフ』というブリット・ポップ現象を象徴する双璧が立ち上がった94年のイギリス。しかし、この年のマーキュリー・プライズを獲得したのは、そういった時代の輝かしい主役たちではなく、そこへの反動のようにして国内から現れた、憂いのヴェールを纏ったポーティスヘッドのデビュー・アルバム『ダミー』だった。ヒップホップを基調に置いた深く響くビート、静かに堕ちていくかのような暗いメロディ、そして物悲しげなベスのヴォーカルは、まるで世界の軽薄な表層部を闇で覆い尽くしてその中心にある本質だとか核心だとかいう奥深い部分にまで侵入してすべてを漆黒で塗り潰すかのように、重い。その絶対零度の比類なきメランコリック・サウンドについて語られることが圧倒的に多いが、ベスの言葉にこそポーティスヘッドの本質的な暗さの凄みが秘められていると僕は思っている。彼女が歌う絶望や不安感、それはいつだって「満たされなさ」からくる虚しさや寂しさだ。しかし、それは単に「あの人がいない」という他者との離別や喪失に端を発するロンリネスには納まらない、自分自身のことを“ストレンジャー”と呼ぶしかないほど混乱した自我や、反転した世界観の果てから襲い掛かってくる、もっと恐ろしいものだ。もちろん多重人格などではない。現実世界から自分自身を見つめるのではなく、凍てついた鏡の中からその鏡の前に立ち尽くす現実世界の自分を見つめるような、狂気の世界から現実世界へと向けられる冷たく鋭利な客観性。そして、鏡の中と前で対峙する自己が重なり合うまで永久に満たされないであろうポーティスヘッドの闇は、ここから14年後の08年にもやはり闇のままだったということなのだ。
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