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りんご

りんご
今思えば二日間も更新しなかったのはずいぶん久しぶり。
というか、今思えばこんなに連続で更新してたんだ。
すごいな自分。

先日、我が家でサークル仲間とピザ・パーティーをした。
四年生の先輩が、りんごを置いていった。
CDレヴューも全部書き終えたらこれ食べながら映画観ようと思う。
CDレヴューは、やっぱりりんごと言えばあの人しかいない。

ピザ・パーティーをした夜、後輩がひとり泊まっていった。
夜になると「俺は死に憧れたことはないです。俺は無に憧れたんですよ」
とか言えちゃう面白いヤツだから、やっぱり面白かった。
次の日の朝、いや、昼まで二人で語り明かした。
前には妖怪とかおばけとか死生観とか話したけど、
やっぱり行き着く答えは一緒でもプロセスが真逆だ。
あいつにはあいつだけのオリジナルな悲しみがある。
それは僕も同じだ。

お互いにサークル内ではかなりひょうきんで軽いほうだと思うけど、
それでも人っていうのは人っていうだけでこんなにもディープで、重い。
僕の人生は、僕ひとりしか生きていないのだから、
そこにあるオリジナルな悲しみは、やはり途方もなく重い。

When The Pawn...
/ Fiona Apple

Fiona_apple_when_the_pawn.jpg
絶望とは、「自分」の肯定なのだ
 彼女を一躍「時の人」にした前作『タイダル』から三年後に発表されたセカンド・アルバム。邦題は『真実』。ファンからの手紙を読んだフィオナがそれに対する返事として書いた詩といわれる原題は、実はアートワークを埋め尽くすほど長く、そこで彼女は闘いの場に出向く時に最も向き合わなければならない存在は自分自身なのだと諭している。この詩はフィオナ・アップルというひとりの女性を余りにも的確に語り尽くしている。日本版のライナーには日本語訳が付いているので是非とも読んでみて欲しい。これまでに発表した三枚のアルバム、そのどれを振り返ってみても、彼女にとって「歌う」ということはつまり「闘う」ということだった。そして、そこで歌われていることは、いつだって自分自身の心と体に残された傷跡だ。彼女の歌の中で、世界はその先にしか待ち受けていない。当然だ。僕たちの世界は戦争や恐慌や政治なんかを前提に始まったりはしない。僕たちが把握しなければならない世界のリアリティは、自分自身と自分を取り巻く強烈な何かだけで十分なはずだ。原題の中で、彼女は真実はあなたの中にしかないとも語っている。向き合うべき世界は、闘うべき世界とは自分自身なのだから、その中にしか真実がないのは当たり前だ。音楽的には新たにドラムループやチェンバリンを大胆に取り入れた非常にポジティヴな作品であるにも関わらず、「苦痛こそ私の存在の証」と歌わなければならないほど彼女がここでもがき苦しんでいるのは、それが真実を導き出すことの必然だからだ。すなわち、苦痛を伴わない「自分」など有り得ない、ということだ。

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