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ほら穴と光

天井
週末になると天井を見上げることが多くなる。
もうすぐ日付が変わる。
何かが終わって、何かが再び始まるはずだ。
自分はいったい何をやっているんだろう。
何をやってきたんだろう。
何をやっていたいんだろう。
これから、どうやっていくつもりなんだろう。
自分は、自分で、自分を、いったいどうするつもりなんだろう。

明日は自分のために暮らそう。
キュアーの音楽は、いつだって僕を「ひとり」にさせる。
「君」さえ、まるで僕の中しか存在しない「君」のようだ。

4:13 Dream
/ The Cure

The Cure-413 Dreams
現実世界を克服するためのロマンティシズム
 前作『ザ・キュアー』以来約4年ぶりとなる通算13作目のオリジナル・アルバム。“ディス、ヒア・アンド・ナウ、ウィズ・ユー”という曲がいい。「これ、ここ、今、君」という余分なものを極限まで排除した世界での「君」との蜜月。この曲に限らずキュアーの楽曲にはこうした閉じられた世界から始まるものが多い。そういう意味で、この曲はザ・キュアーというバンドの世界観を端的に象徴していると言える。それを時に人は現実逃避だなんだと揶揄するが、それはキュアーの真実とは少しニュアンスが違う。大人の化けの皮が次々と剥がれていく終わらない偽装問題、「誰でも良かった」なんて信じられないセリフと共に繰り返される無差別殺人、不透明な政治・経済政策……極東のこんなちっぽけな島国にでさえ溢れかえっている解決を見ない問題の数々。何ひとつ信じられないようなこんな世界で、いつの間にか絶対的な「自分」さえ失ってしまいそうなシステマチックな世界で、それでもすべてを終わらせる「死」を特権化・神格化せずに現実世界を生き延びていくために、ロバート・スミスは「誰のものでもない世界を夢見ればいい」(“ザ・ハングリー・ゴースト”)と歌うのだ。自分の中に外の世界と拮抗できるほどの高い強度を持ったもうひとつの世界を育てることさえできれば、それは実際には起こらないが「起こらない」という形の真実となるのだと彼は歌っている。本作のアートワークには「この世に確かなものなど何もない。だが、それでも星を見上げれば私は夢を見ることができる」というゴッホの残した言葉が綴られている。「これ、ここ、今」という揺るぎない「自己」と「君」という唯一信頼できる世界で見る夢は、それが閉じられた場所だからこそいかに開放的なスウィート・ドリームなのかということをキュアーはやはり本作でも伝えている。学校、試験、入試、就職、昇進、退職、老後、死――自分以外の誰かに用意された当たり前の人生に何の疑問も抱かずに果てるのか、そこから「自己」を守るために単なる役立たずの妄想と紙一重の夢を見るのか――。果たして、本当に狂っているのはどっちだ?

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