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今日のLP

クローさー
今日のLPはジョイ・ディヴィジョンのセカンド・アルバム、『クローサー』。
「閉塞」の意味かな、「近くなる」の意味かな。
とにかく、「閉塞」感はすぐ「近く」にある、ということだろう。
これを制御できなくなったときに人は壊れるのか?
イアン・カーティスは、壊れてしまったのか?
むしろ、壊れないようにするために必死だったような気がする。
だったら、いったい何が彼を殺したんだろう。
心の闇は果てしない。

Closer
/ Joy Division

Joy_Division_Closer.jpg
ヒーズ・ロスト・コントロール
 ジョイ・ディヴィジョンは、例えばオアシスやストーン・ローゼズといったイギリスの表舞台で一時代を築いたバンドたちとはまったく異なる場所に立ち居地を取っている。イアン・カーティスは「ロックンロール・スター」ではなく言うまでもなく「カルト・ヒーロー」として取り上げられる。そしてそれは、彼の死後に語られた、すべてが後になってからの物語だ。しかし、「ママ、信じて、僕は頑張った。精一杯やったんだ。これまで自分がしてきたことを恥じる。僕は自分という人間を恥じる。孤立。孤立。孤立」というほとんど病的にも響く“アイソレーション”の圧倒的な絶望と閉塞感が、決して彼が特別な状況におかれた特別な人間だったから背負ってしまったものではないということが映画『コントロール』を観ればすぐに理解できる。しかも、この曲はバンドがシンセサイザーを新たに積極的に取り入れて、本作から音楽的な面での飛躍を図ろうとしたことを告げる代表的なナンバーだ。それなのに、まるでありとあらゆる感情が凍てついてしまったかのようなこの冷たさはなんだ。結果的に、セカンド・アルバムにしてラスト・アルバムとなった本作の発表とアメリカ進出の直前という通常なら胸を躍らせるような希望を抱いてもおかしくないまさにそのときに彼はこの暗さを抱えたまま自宅で自らの首を吊った。二人の女性の狭間で揺らぐ心とプレッシャーという余りにもありがちな悩みに真剣に苦しんだ「普通の男」は、ただ弱く、不器用だっただけだ。そう、まるで人格が乖離したかのようなこの背筋の凍る孤立感は、僕たちの、こんなにも、こんなにもすぐそばにあるのだ。僕たちは、いつだってこの心の闇に触れながら、それでも生きているのだ。
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