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絵日記

絵日記
無印で買った文庫本ノートに、
今日から絵日記を描いていくことにした。
幼稚園児が描いたみたいになっているが、
21歳の大の男が描いた絵日記最初のページである。
ちなみに真ん中にあるのはプリンで、「手振れ」と書いてある。
はっきり言ってヒドイというかイタイというか、とにかくツライ絵日記だが、
これから毎日描いていくつもり。
楽しくなってきた。

12月にフォール・アウト・ボーイの新作が出る。
今日はこのアルバムを久しぶりに聴いた。

Infinity On High
/ Fall Out Boy

Fall Out Boy-Infinity on high
月は欠けてもなお美しい
 アルバム発表当時のインタビューで、パトリックが本作のことを「個人的なアルバム」と何度も繰り返していたのが印象的だった。個人的な思いから引き出された特別なメッセージという意味ではなくて、本作に詰め込まれた実に多種多様な音楽的要素がそれぞれ個人的だと語っていたのだ。実際、本作におけるエモ的な要素といえば前作から更に磨きのかかった感傷的なメロディぐらいのもので、彼らの個人史のサウンドトラックとして響くR&Bやらクラシックやらメタルの要素まで貪欲に飲み込んだ楽曲たちは、これまでのように「エモ」と簡単に成分表示のできる代物ではない。ここまで思い切って音楽面での雑食ぶりとその個人性を作品として具現化させられた理由について、パトリックは「無理に気張ったり自分を抑え込んだりしなくても良いんだということに気付いた」と語っていた。当然のことを言っているように聞こえるかもしれないが、前作の大ヒットがバンドにもたらした状況の変化は、オタク気質で内向的な性格の彼らを少なからず当惑させたはずだ。ピートに至ってはこれまでまるで無関係だったゴシップ誌まで図らずも賑わせてしまったほど。そんな中で彼らが「解放」にも似たひとつの悟りに本作で辿り着いたことを、ゴッホが死ぬ直前に書いた手紙から引用したという本作アルバム・タイトルが何よりも象徴している。ゴッホ曰く「星たちとその高さの無限(Infinity On High)を感じること、そうすれば人生はほぼ魅力的に映る」。パトリックは、「『ほぼ』というところが良い」と言う。つまり、無限の高さから人生を俯瞰したとしてもそれはそう魅力的に映らないこともある、ということだ。決して完全ではないのだ。このアルバムがパトリックの言うとおりの「個人的なアルバム」なのだとすれば、それは彼ら自身が不完全であるということを受け入れたという意味でも非常に個人的な、そして感動的なアルバムだということになる。不完全とは、だからこそ無限の可能性であり彼らの音楽宇宙の探求が永遠であるということを、このアルバムはこんなにも輝かしく伝えている。
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