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ホームカミング

アメリカンイディオット
バイトの帰り道、今日はグリーン・デイの『アメリカン・イディオット』を聴いていた。
写真の中で再生中なのは“ホームカミング”。
どれだけ背伸びをしても、どれだけ手を遠くに伸ばしたとしても、
僕が帰るべき場所は、「ここ」だ。
変な顔したこの「自分」に帰ることを本気で嫌悪した時、僕は死ぬんだと思った。

そして、グリーン・デイは、「死ぬな」と歌っている。
結局、僕たちは「ここ」を抜け出せないのかもしれない。
何も変わらないのかもしれない。
帰るべき場所は、それが帰るべき場所である限り、
出発した場所よりも美しくなったりはしない。
それを嫌悪するな。死ぬな。
だからグリーン・デイは9.11という悲劇を契機とした
こんなアルバムでも相変わらずポップだ。
自分を取り囲む、変わらない世界。
それでも、人はこんなにも前向きに生きることができる。

American Idiot
/ Green Day

Green Day-American Idiot
あなたの「ホームカミング」を問うアルバム
 一大コンセプト・アルバム。一曲で五部構成九分を超える壮大なロック・オペラ。パンク史上初となるグラミー最高賞まで獲得した本作で、グリーン・デイは説明不要の凄まじい飛躍を遂げた。しかし、このアルバムが生まれた背景は、深刻さにこそ差はあるものの、メジャー・デビュー作『ドゥーキー』を発表した頃と実によく似ている。つまりはアメリカの衰退と絶望であり、その状況の当事者だからこそのアイデンティティ・クライシスだ。「今、アメリカに生きる」ということは、いったいどういうことなのか。大飛躍作と呼ばれる本作で彼らが選んだ歌うべき場所は、またしても、他でもない、荒んだ郊外だった。90年代であろうが、21世紀であろうが、「アメリカに生きる」ということは、つまりは「郊外に生きる」ということなのだとグリーン・デイは歌っている。独創的なアイディアと辛辣なメッセージを楽曲に持たせながらも本作がかつてのグリーン・デイらしさをまったく失っていないのは、彼らの立っている場所が今でも変わらない郊外だからだと思う。というか、自分たちが帰るべき場所はそこしかないということに誰よりも彼ら自身が意識的だからだと思う。そう、世界は変わらないし、僕たちの帰るべき場所はいつだって僕たちが出発した場所だ。だからこそグリーン・デイは言う。僕たちは、世界なんて救えないし、救わなくてもいいんだ。僕たちが救わなきゃいけないのは、自分自身と、自分の大切な人だけでいいはずだろう? 君が始まった場所は、世界なんかじゃないはずだろう? どんなにうだつのあがらない自分だったとしても、そこがどんなに荒れ果てた郊外だったとしても、自分にだって帰るべき場所はあるんだという希望の手応えが、僕たちは欲しいんだろう? それを僕たちは「ロックンロール」と呼ぶんだろう? 「アホなアメリカ人にはなりたくねぇ」となじりながら、グリーン・デイは問うているのだ。君が本当に守らなきゃいけないものはいったい何なのか、と。
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