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イン・レインボウズ

夜道
レディオヘッド『フロム・ザ・ベースメント』を買った。
『イン・レインボウズ』は夜に聴く音楽だなと思った。
何かが生まれる、夜。
歴史は夜に作られる。

ここはどこだろうと思った。

In Rainbows
/ Radiohead

Radiohead-In Rainbows
レディオヘッドが「レディオヘッド」になった一枚
 レディオヘッドは、これまで常に世界のあらゆる事象・存在を否定し続けてきた。レディオヘッドは、これまで一度も何かを否定したことなんてない。これは、実はまったく同じことを意味している。つまり、レディオヘッドが世界を否定するということ、それは彼らにとって、否定すべき世界は紛れもなくここに「ある」じゃないか、という肯定だったということだ。しかし、昨年発表された本作『イン・レインボウズ』が彼らのキャリアにおける特異点であると同時にひとつの到達点として屹立しているのは、世界を否定するために、唾棄すべきものの存在を肯定するために、これまで歪ませてきた必然のノイズが、ここで徹底的に濾過されていることからも容易に理解することが出来る。すべての音が、まるで深海の奥深くで手を漕ぐような滑らかさで耳から心に滑り落ちていくのだ。ここでのレディオヘッドは心に引っ掻き傷を残すノイズをもはや必要としていない。否定を通過するという、肯定に向かうためのプロセスを飛び越えてついに辿り着いた達観こそ、『イン・レインボウズ』という無限の高みだったのだ。例えば『OKコンピューター』に「90年代」という永遠の制約がかけられているように、『パブロ・ハニー』から『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』までのレディオヘッドのすべてのアルバムは、その時々の彼らを取り巻くあらゆる状況と密接にリンクしてきたがために、そこで完全に時を止めてしまっていた。『イン・レインボウズ』は、そうはならない気がする。現に、発表から約一年が経った今も、『イン・レインボウズ』だけはまるで初めて聴く作品と向き合うようにして聴くことが出来る。地上からだと半円にしか見えない虹は、宇宙から見ると実はひとつの完全な円を描いているのだという。虹の周回に、終わりはないのだ。肯定すべきすべてと終わらない永遠。それを内包する果てしない自由。「あなた次第」。レディオヘッドの世界は、22年の時を超えて、ここに初めて完成したのだ。
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