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奇才

奇跡の海
観たい!
観たいなぁラース・フォン・トリアーの『奇跡の海』。
三時間弱かぁ。
バイトで疲れたし多分眠くなっちゃうだろうなぁ。
決して派手な顔ではない。
でも、なんだか、なんだか、すごい表情。
この先が気になる。
とりあえず観るのは明日で、
別のラース・フォン・トリアー作品をレヴュー。

Manderlay
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人民の人民による人民のための間違い
 過去にも何度か「三部作」として作品を発表しているラース・フォン・トリアー。主演のニコール・キッドマンを執拗なまでに苛め抜いた『ドッグヴィル』から始まった、完結の第三部が現在も制作中である「機会の土地・アメリカ三部作」の第二部が本作『マンダレイ』だ。人々の集まる場所、コミュニティとは、それそのものが本質的な悪意を孕んだ間違いなんだということを描いた『ドッグヴィル』。だとしたら、その次に描かれるべきはその間違ったコミュニティの在り方を正すために人々が作り上げる規則や法律についての物語であるはずだ。黒人差別が公然と行われる町、マンダレイ。ひとりの果敢な白人女性の手によって差別からついに解放され同時にそれまでの「すべきこと」を失った黒人たちは、しかし、まさにその瞬間から、能動的な生活を送れなくなってしまう。この冒頭部だけで、規則というものが人間本来の生き方をいかに不自然な形に歪めてしまうかということがわかりすぎてしまう。でも、この作品が本当に恐ろしいのは、差別という理不尽な契約を破り捨てて、人々が本当の自由と平等を手に入れるための、コミュニティとしてうまく機能するための、民主主義という素晴らしいアイディアが、結局はこの町を崩壊へと導いていることだ。ラース・フォン・トリアーに言わせれば、コミュニティという前提そのものが間違っているのだから、そこから生まれた民主主義が間違っているのはもはや当たり前だ。9・11以降のアメリカは、自分たちの足元の再確認を余儀なくされてきた。自分たちの立っている場所は本当にあの「自由の国」なのだろうか? ここは、正しい場所なのか?と。しかし、ラース・フォン・トリアーからの「アメリカ三部作」という告発がどれも果てしなく重いのは、それがそんな9・11を契機にした混乱についてではなく紛れもないそれ「以前」についてのものだからだ。そして、その恐ろしく根本的な人間の間違いは、だからこそこんな極東の島国にでも当てはまってしまう。「嘘つきは政治家の始まり~」なんて誰かが言っていたが、自由で平等で便利で仲良しな多数決が作り上げてしまったものは、結局はそれだったということなのだ。
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