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弱さを知れ

マネキン
王さんが世界にただひとりの野球選手になることができたのには、
ひとつの理由がある。
あなたは、『巨人の星』を読んだことがあるでしょうか。

王さんは、身長もそれほど高くなく、体重も重くなく、
筋力も、強打者としては致命的なほど、なかった。
それは王さんの努力でどうこうという問題ではなく、
生まれながらにして王さんが背負った残酷な宿命だった。

そして、だから王さんは吹っ切れた。
「それでも、自分はここからしか始まらない」、と。
伝説の一本足打法は、王さんが抱えた劣等感との、
果てしない闘いの賜物だった。
死ぬまで終わらない自分との闘いを決意した男の重く力強いスイングに、
いったいどうして他の誰かのスイングが勝つことができるだろうか。

そして、ロックが歌うべき場所も、いつだってそこにあるはずだ。
ロックも、スポーツも、最後に問われるのは、何を背負っているか、である。
最後には、それがすべてを決める。
「自分」を背負えない人間の歌は、
絶対に他の誰かの気持ちを背負うことなんてできない。
そんな歌は、誰の心にも響かない。

ジャックス・マネキン。
個人的に、ものすごく思い入れのある、大切なバンド。
今月発表されたばかりの新作が、涙が出るほど素晴らしかった。
ここから、また新しい物語が始まる。
アンドリュー・マクマホンは、もう大丈夫だ。

The Glass Passenger
/ Jack’s Mannequin

Jacks Mannequin-Glass Passanger
病を乗り越えて手に入れた強さ
 アンドリュー・マクマホンという稀有な才能を持ったひとりのピアノマンにとって、音楽とは文字通りの自由であり解放の場所でなければならなかった。そして、19歳という無防備な若さで世界に飛び出した彼の成功の物語は、だからこそ不幸としか言いようがなかった。アンドリュー・マクマホンという破格の才能を抱えたバンド、サムシング・コーポレイトが、ファーストの大成功から一転してギクシャクし始めたのは、ある意味当然だったと言える。そこにあったのは、数え切れないファン、プレッシャー、締切……というありとあらゆる制約であり、まったくの解放的な自由ではなかったからだ。
 ジャックス・マネキンという04年から始まった彼の新たなプロジェクトは、そんな不自由な世界から自らを隔絶して本当の自由と解放を音楽に見出すための追求の旅だった。そのはずだった。しかし、ジャックス・マネキンの素晴らしいデビュー・アルバムで彼が手に入れたものは、サムシング・コーポレイトのそれとなんら変わらない「成功」だったような気がする。そこにさらに追い討ちをかけた急性リンパ白血病との闘い。少なからず、このアルバムがうまくいかない可能性はあったと僕は思っている。このアルバムの出発点は、決して自由や解放と呼べる彼の追い求めた至福感ではなかったはずだ。しかし、ここで鍵盤を生き生きと叩きながら高らかに歌うアンドリュー・マクマホンの姿は、これまでと明らかに違う。彼は本作について、「一人の男が病を克服する物語……と同時に、自分が病であることを認められるようになるまでの物語でもある」と語っている。それはつまり、「罪は自分の中にこそあった」ということを初めて認められた物語だと置き換えることができる。あれほど追い求めた自由は、解放は、すなわち、彼の他でもない「弱さ」だったのだ。それをついに自覚した男の歌は、だからこそ、こんなにもまっすぐで、そして、何よりも強い。
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