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夜酒

かぼすヴぁーヴ
ヴァーヴの新作を聴きながらかぼす酎を嗜む。
かぼす酎を飲みながらヴァーヴの新作を嗜む。
多分後者が正しい。
このかぼす酎あんまり美味しくない。
でも、ヴァーヴの新作は、良いぞ。
酒もロックも、ついついおつまみが欲しくなっちゃうなぁ。
残念ながら食べるものなんて米以外に我が家にはないけど。

Forth
/ The Verve

The Verve-Forth
ラヴ・イズ・ノイズ
 “ビター・スウィート・シンフォニー”や“ドラッグス・ドント・ワーク”などのヒットを放ち、かつてのノイズを真っ白に濾過した前作『アーバン・ヒムス』から実に11年ぶりとなる最新作にして完璧なバンド復活作。自由なセッションの中から感情と感情の摩擦のように生じたノイズが、本作では大々的に解禁されている。しかし、そのノイズの動機は、子宮という洞窟から這い出て「生」を掴み取ることでもなく(『ストーム・イン・へヴン』)、果てしない暗闇を切り裂いて光を手に入れることでもなく(『ノーザン・ソウル』)、大地を揺るがしながら天空へと飛翔する圧倒的なダイナミズムへとドラスティックな変貌を遂げている。溢れ出るノイズを放出しながら、ここにきてヴァーヴはその意味を大胆にも再定義しようとしている。いや、これこそが、『ストーム・イン・へヴン』の、『ノーザン・ソウル』の、本当の「答え」だったのだ。あそで鳴らされていた身を切るようなノイズの究極的な行き先は、まさにここだったのである。暗闇からしか光の存在を認められなかった、絶望越しにしか希望を信じられなかったかつてのリチャードとは違う。バンド解散後もソロ・ワークを重ね、希望をただ「それ」としてそのまま肯定できるようになったリチャードが今鳴らすべきノイズとは、正真正銘の「それ」でなければならなかったのである。ギターを掻き鳴らし、膨大なノイズの中心に身を沈めながら、彼らがそこで必死に守り抜こうとしてきたものとはいったい何なのか。ヴァーヴにとってのノイズの意味とは、そしてそれが向けられる場所とは、いったい何であり何処であったのか。それは、ロックンロールという甘ったれた幻想とくそったれな現実を放擲する比類なき轟音への、絶対的な信頼という「愛」だったのである。
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