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ピープル=シット

スリップノット
中学時代の僕の、バイブル的な一枚。
スリップノットの『アイオワ』。

中学生の頃、僕は放送委員で、
毎週木曜日の昼休みになると放送室をひとりで占拠して、
当時まだ日本でデビューしていなかったタトゥーとか、
オアシス、ブラー、スーパーグラスとかのUKロック特集とか、
アンドリューW.K.特集とか、
とにかく好き放題やっていた。

この『アイオワ』を流した時には、
二曲目の“ピープル=シット”が終わる前に先生が放送室に駆けつけてきて
「変なの流すな」「そんなの家で聴け」と散々に言われ
ひどく傷ついたことを覚えています。
放送室に置いてあった“君が代”のテープを流した時ほどは怒られませんでしたが。

ピープル=シット。
人間なんてクソだ。世界なんてクソだ。
だからこそ、もがき続けることすら止めちまってどうするんだ?
これが、スリップノットのメッセージである。
そして最新作のタイトルが『オール・ホープ・イズ・ゴーン』。
なんというか、いかにもなタイトルだが、これには
「もがき続けることすら諦めてしまったら」という言葉が前につく。
「もがき続けることすら諦めてしまったら、最後の希望すらなくなってしまう」。
スリップノットみたいなバンドは理解のない大人からは
不健全な連中と勘違いされることが多いが、
彼らの歌はいつも、極めて健全な希望のメッセージになっている。


All Hope Is Gone
/ Slipknot

all_hope_is_gone.jpg
九つの憎悪が再び交錯する瞬間
 前作を聴いた時には「お前らやる気あんのかよ」と心底失望しただけに、本作を聴いた時には本当に快哉を叫びたくなった。演奏陣が、昔のテンションを確実に取り戻しつつある。マスクの下でニタニタ笑っているメンバーの顔が見えてきそうで嬉しかった。今のところファンからの評価はあまり良くないようだが、僕はこのアルバムが好きだ。年が暮れるころにはファンの人にもちゃんと評価しておいて欲しいなと思う。
 九つの憎悪が牙を剥き威嚇しあうことで凄まじい戦慄を生み出してきたスリップノットには、そのギリギリの力学ゆえに特別な事情があった。それは、ただ怒り狂うだけではいけない、ということである。かつて名を馳せた数多くのヘヴィ・ロック・バンドがもはや息も絶え絶えのこの状況下にあって、スリップノットだけが今もメジャー・シーンで勝ち続けている(本作は瞬間的に安室奈美恵のベスト・アルバムを抜いた)のは、ただ怒っているフリさえしていればどんなバンドでもそれなりに注目された当時から、スリップノットだけが常にそのことのみを目的としてこなかったからだ。スリップノットにとって最も重要な問題とは、バンドとしてきちんと機能する、という基本中の基本でありながらも九つの自我がなかなかそうさせなかった彼らだけの特別な命題なのである。それが奇跡的にも実現されたのが『アイオワ』という大傑作だったし、解散という深刻な危機を乗り越えながら制作された前作は、まさにそのジレンマの表出だった。そして、僕は本作ほど「バンド」として生き生きと演奏しているスリップノットを聴いたことがない。ただそれだけのことだが、それこそが何よりも本質的なのだ。本作がこの音でなければならなかったのは、この数年間スリップノットを離れそれぞれのプロジェクトに専念していた九人が、今再びスリップノットの一員でいることを何よりも前向きにとらえているからだ。
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