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徹底検証 第7弾

 『王様は裸だと言った子供はその後どうなったか』という本がある。『裸の王様』『桃太郎』『蜘蛛の糸』などの誰もが知っているお話を独自の理論で再解釈して新しい切り口から解き直した一冊なのだが、これがべらぼうに面白い。森達也というドキュメンタリー作家の人の作品なのだが、機会があれば是非一度読んでみて欲しい。
 「愚か者には見えない不思議な衣装なんだ」と煽られてすっぽんぽんで町中を練り歩いた王様は、結局一番の愚か者だった。愚か者だったのだが、あるひとりの子どもが「王様は裸だ!」と言うまでは、そうではなかった。国民は、「愚か者には見えない」という衣装を、見えないという意味において、その衣装が「見えていた」。そう信じていたから、すっぽんぽんでも王様は王様で、国民は褒め称えるしかなかった。誰もが自分を騙していたその中で、真実を解き明かしてしまった少年は、果たして人一倍勇気のある少年だったのだろうか。ただ絶望的なまでに空気の読めないアホな子供だったのではないだろうか。森達也はそんな解釈から繋がった「少年のその後」を面白おかしく空想している。
 でもまあ、実はこの本のことは今は別にどうでも良いのだ。

 「王様は裸だ!」。この一言をなんの躊躇もなく言い放つことができたら、世界には思っている以上に「愚か者・愚かな行為」が蔓延しているということがわかるのではないだろうか。極端な例だが、オリンピックで以前以上に世界各国の注目の都市になった北京では、緑化制作が進んでいないことを誤魔化すために、ひとつの山を丸々緑のペンキで塗りたくっていたという。「愚か者にしか見えない緑」を、植林していたわけである。ペキンでペンキである。いくらなんでもアホすぎやしないか。
 最近流行りのエコバッグも、「愚か者にしかわからないエコ活動」である。というか、「愚かであることに気付かないエコ活動」である。友達からの受け売りだが、エコバッグなんてわざわざ新しく作っている時点で、エコでもなんでもないのである。「これまで使ってきたバッグをこれからも使おう!」で良いのである。疑問を持つということを知ってほしい。「エコ=正しい」なんていうのは、「愚か者の理論」である。

 でも、僕たちはそれが愚かであるということになかなか気付けないときも確かにある。そんな誰もが自分たちの愚かさに気付かない中で、「王様は裸だ!」とたったひとりで叫ぶ勇気は、きっと凄まじいものだろう。今回の久しぶりの『徹底検証』で取り上げるのは、愚かな行為で塗り固められた世界という巨大な「裸の王様」に、実際にたったひとりで声を上げた男、エミネムである。
 エミネム。ただの危ない男だなんて考えてやいないだろうか。ドラッグと暴力に溺れた自堕落の典型だなんて思ってやいないだろうか。もしそう思っているのなら、エミネムの音楽と一度きちんと向き合ってみて欲しい。彼の言葉に、真剣に耳を傾けてみて欲しい。エミネムが「王様は裸だ!」という叫びに辿り着いた理論を、解読してみて欲しい。この誤解されやすい才能に気付いていない人がいるならば、僕たちはこれを徹底して再評価すべきである。愛ですら地球を救わないということが公然の事実になった今(と僕は思っているのだけど、じゃああの偽善とマラソンとサライの番組はいったい何なんだろう?)、地球を、世界を救うことができるのは、エミネムの理論かもしれないのだ。
 『徹底検証』です。


The Slim Shady LP
Eminem-Slim Shady LP
マイ・ネーム・イズ
 勘違いした似非ヒップホップにいちゃんはドラッグきめてオンナとヤッたとか自慢しているが、簡単に言うならラップとは自己紹介である。大袈裟に言うなら、自分が自分である意味の自己申告、生きざまの証明である。いちいち言うまでもなく、昨日誰と寝ましたなんて自己紹介は聞きたくないのである。エミネムのデビュー・アルバムである本作。「邪悪な世界が俺を生み出した」。これが、エミネムの自己紹介だ。腐りきった醜悪な世界が生み出した「スリム・シェイディ」という狂気を演じながら、エミネムは地球の表層をベリベリと引き剥がし煮え滾るマグマを取り出すかのように、現代社会の罪と欺瞞を暴露していく。ひとりの人間の人格を丸々背負い、絶望や殺意までもを巧みなストーリー・テリングに織り込み、更に「スリム・シェイディ」「マーシャル・マザーズ」「エミネム」という多数の人格を使い分けることで表現を極めて完成度の高いエンターテインメントのレベルにまで引き上げながら世界中に展開するという知性。ヤバいリリックばかりが取り上げられることが多いが、僕がエミネムを聴いていつも思うことは、決して悪ふざけではない、世界の悪意を一身に引き受けることへの、いつ殺されてもおかしくない生き方への、迷いのなさだ。人生のすべてを懸けた、エミネムという世界への「回答」。本作はその第一声である。


The Marshall Mathers LP
Eminem-The Marshall Mathers
エミネムを理解するなら、エミネムを信じちゃいけない
 オアシスのノエル・ギャラガーが、若者の犯罪行為増加の責任はエミネムにある、と発言したことがある。確かに、デビュー作で早くもエミネムのヤバさを認知したアメリカでは彼のリリックは若者に明らかな悪影響を与えるものとしてすでに苛烈なまでの非難の的だった。エミネムは、子どもに見せられない背徳の象徴であると同時に「愚か者にしかわからない」ヒーローだった。本作は、自分を非難するエリート意識の高い大人たちに対しては類を見ないハイレベルのアート性をもって、エミネムこそ正義とする狂信的なファンに対しては警告をもって答えた、エミネムの並外れた才能とストレスの結晶である。そういう意味で、エミネムと狂信的なファンとの手紙のやり取りを歌った名曲“スタン”は象徴的だった。まるで映画を観ているかのような圧巻のストーリー・テリングと奥行きを伴った“スタン”は、今でもその衝撃性を失っていない。ところで、正当な理解を得られないことに対するストレスを露わにした最終曲の“クリミナル”は、僕には「俺の言葉を額面通りに受け取るな。俺の言葉を信じるな」とエミネムが歌っているように聴こえるのだけど、どうだろう。だとしたら、エミネムが歌っているものとはいったい何なのか。ヤバい言葉の限りを尽くし、世界の中心で咆哮するエミネム。エミネムのそんな狂気とは、世界の本質的な悪意である。その悪意の象徴としてマッド・ピエロを演じ続けるエミネムは、だからこそそんな自分を「クリミナル(犯罪者)」と呼んだ。そういえば、“スタン”で歌われた狂信的なエミネム信者の男が迎えた最後は最悪だった。そういうことなのである。


The Eminem Show
Eminem-Eminem Show
渾身のセルフ・パロディ、開幕
 ジャケットやタイトルを見れば一目瞭然だが、本作以降エミネムは自分の表現を一貫して「ショウ」として位置づけている。ステージの上で繰り広げられるスラップスティックと定義することでエンターテインメント性を一層高め、大胆かつ自由に動き回れるようにしているような印象がある。ここ日本で彼の名前が一般的なレベルにまで急速に浮き上がってきたのも本作から『8マイル』までの時期だったように思う。表現そのものはデビュー作の時点ですでに円熟していたし、セカンドではアートとしての完成形にまで見事に仕上げきったエミネムだが、そこから更に戦略的勝利を奪いにいったのが本作だ。しかし、だからといって本作の世界観がまったくの作り物ということにはならない。言うまでもなく、エミネムはという男は超私実主義のラッパーで、本作においてもその根底にあるのはジャケットが示すような彼の心に巣食う根強い孤独や怒りに他ならない。ひとりぼっちのステージの上から苛烈な言葉を叩きつけるエミネムの背後で、ショウを個性付けるセットの一部かのように次々と展開される彼の個人的な歴史・感情・人間関係。ひとりの人間が背負うあらゆる情報を片っ端から飲み込んだエミネムのショウは、だからこそやはりどこまでもリアルだ。


Encore
Eminem-Encore.jpg
エミネムの答え
 未だにエミネムが有名人の悪口言ってるだけとか放送できない言葉連発してるだけとか思っている人がいたら、ただひたすら“モッシュ”を聴いて欲しい。大統領選挙の一週間前にネット上で突如発表されたビデオも、できれば観て欲しい。誤解なんて入り込む隙のない世界への強固たるステートメントとしての強度と普遍性を兼ね備えたこの曲は、ある意味エミネムのひとつの到達点だ。この曲が象徴するように、本作はエミネムが僕たちに何らかのアクションを本気で求めたアルバムだった。そして、そんな本作では“モッシュ”と娘への無償の愛とクソとゲロが同列で扱われている。「混沌」の一言で終わらせることは簡単である。だがそうではないだろう。何かを変えるために、何かがおかしいこの醜悪な世界から愛する人を守るために、僕たちは一致団結して立ち上がるべきなのに、それでも毎日クソしてゲロ吐くことしかできないという、9.11以降の一小市民の生活のリアリズムなのである。そして、世界とはそんなひとつひとつの生活の集積によって成り立っている。誰もが世界の一員であり、誰もが世界の腐敗に加担している。それなのに、自分は世界を作る十分条件であるはずなのに、世界を変えるための必要条件にはそれこそ世界が引っくり返っても成り得ないという不可解な矛盾。世界が狂っているのは世界の成り立ちの前提そのものが狂っているからなんだということを、エミネムは歌っているのだ。
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