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ザ・ヴァーヴ

ヴァーヴ
初めて聴いたヴァーヴの曲は、
チャンバワンバ目当てで買った『NOW8』に入っていた
“ビター・スウィート・シンフォニー”だった。

ヴァーヴの現時点での最新作『アーバン・ヒムス』が発表されたのは、
今から実に11年前にあたる97年のこと。
来月3日に、僕にとってリアルタイムで初めてのヴァーヴの作品が発表されます。
最近はアシュクロフトのソロ作も含めて復習中です。

ひとりで家に閉じこもりがちな人間ほど、
自分の中に強固な(頑固な)自分像を作り上げてしまう。
自分はこうじゃなきゃいけない。
こんなのは自分じゃない。
ひたすら悩み倒した挙句、生き難い世界を否定して、
絶望して、鬱になる。
アシュクロフトは、まさにそんな感じの男だ。

そして、だからこそ彼が世界から逃れるために掻き鳴らしたギターには、
言葉には、自分が自分であり続けるためのロマンが輝いている。

Urban Hymns
/ The Verve

The Verve-Urban Hymns
ロマンを持たずにロックンロールはできない
 やはり名曲“ビター・スウィート・シンフォニー”について語られることが多い作品だが、ここでは“ウィーピング・ウィロウ”と“ドラッグス・ドント・ワーク”の描き出すストーリーについて書きたい。「朝が来たなら、僕は両目を覆う」という逃避的な言葉で幕を開ける“ウィーピング・ウィロウ”。絶望に打ちひしがれた男の「もっといい時間/やり方/日なんてない。僕を救ってくれ」という悲痛な叫びがこだまするこの歌は、「僕の枕の下の錠剤」という危ない匂いのする一行で締めくくられている。そして、薬の効力によって「あっちの世界」への逃避を図ろうとしたこの男のその後が、“ドラッグス・ドント・ワーク”では語られている。つまり、「薬が効かない」、と。目を背けることすらできない圧倒的な絶望を歌いきったこの作品が、それでも美しく、感動的なのは、例えば「薬が効かない」の後に続けられる「きっとまた君に会える」という言葉のせいだと思う。ありったけの絶望の中で掴み取った、一握りの希望の手応え。それはもしかしたら薬以上の現実逃避なのかもしれない。ただ僕たちを待ち受ける未来に対して恐ろしく楽天的に、無責任になっているだけかもしれない。しかし、ロックとはそもそもそういう音楽ではなかったのか? 本人の意思に関係なくもいとも簡単にひとりになれてしまう「都市」に暮らす僕たちには、孤独や不安や絶望といった一人称の脅威が常にまとわりついてくる。だからこそ僕たちには薬なんかよりも遥かに強力な効果をもった希望が必要なのだとリチャード・アシュクロフトは歌い、それを「都市の聖歌」と名付けた。何度聴いても、彼のロックに対するそんなロマンに、僕は体が震えるぐらい感動してしまうのだ。
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