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親愛なる

Dear Wendy
『ディア・ウェンディ』。
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のラース・フォン・トリアーが脚本ということで、
期待と不安が絡み合った複雑な気持ちで観ました。
夜中なのに、ギンギンに意識が覚醒しています。
これはもう本当に眠れそうにないわ。
なんなら今からもう一回観ようかな。

やっかいな劣等感を抱え込んだ少年。
ひとつの銃を手にした時から「強くなった自分」を捏造し始めた少年。
銃を手にしても本当はなにひとつ強くなっていない自分に幻滅する少年。
弱い自分を受け入れられない少年。
他でもない自分のために自分の強さを証明しようとした少年。
この先は、言えない。
ラスト15分(わかんないけど多分15分ぐらい)を観ている時、
僕はずっと『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のラスト・シーンのことを考えていた。
眩しかった。
絶望のその先は、やっぱり眩しかった。

どれほど強力な武器を懐に隠したとしても、
どれほど強堅な鎧を身に纏ったとしても、
どれほど堅牢な要塞に閉じこもったとしても、
僕たちは、本質的に、どうしようもなく弱い。
外から撃ち放たれた銃弾なら、僕たちは避けることができる。
でも、僕たちは、例えば孤独や嫉妬や羞恥といった、
自分の内側から放たれる劣等感からは、逃れることができない。
どこに行っても付きまとう影みたいに、
それらの劣等感はうつむけばいつも足元から僕たちを嘲笑っている。
自分を嘲笑う自分から、僕たちは逃れることができない。

僕たちは、荒野に立っている。
攻め立てるような太陽の光は、僕たちの足元にありありとした影を作る。
自分の影を誤魔化す遮蔽物なんてどこにもない。
僕たちは、絶望的な荒野に立っている。
自分と、真っ黒い不気味なもうひとりの自分以外には何もない。
僕たちは、そんなもうひとりの自分を引き連れて、
荒野の先へ、荒野の先に続く新たなる地平に向かって、
ひたすら歩き続けるしかないのだ。

荒野に立ち尽くした少年は、その先に何かを見た。
確かに見た。
地面に叩きつけられる直前に、
真っ黒いもうひとりの自分と重なり合って、初めて自分が「ひとつ」になる直前に、
少年は、付きまとう劣等感から守り抜いた唯一の「強さ」を見た。
果てしない絶望の先にこそあるはずの、希望を見た。

ロックが歌うべき場所も、この荒野であるはずだ。
何もない場所から捏造と破壊を繰り返しながら、
荒野のその先へと進み続ける旅であるはずだ。
そして、そこにあるはずの光は、僕たちの影すらも完全に消し去ってしまうほど、
果てしなく眩しいのだ。
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