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今日もほろ酔い

ぜぶら
エミネム、リンプ・ビズキット、コーン、そしてゼブラヘッド。
中学の時、同じクラスの男子何人かに「貸してくれ」と言われ、
貸してやったら結局一枚も返ってこなかった。
ミスター・ビッグもだったかな?
コーンは今もないままだけど、他は買い直した。
買い直すまではCD-Rで我慢していた。
ゼブラヘッドのこのアルバムは、新作発表に合わせて最近買い直しました。
「お帰り」という感じ。なんだかやけに手に馴染む。

歴史に鎮座する大傑作や、
愛と平和を祈る賛美歌ですらどうにもできない僕の心を、
『プレイボーイ』のモデルさんがジャケットのこんな安っぽいアルバムが
いとも簡単に救ってしまったりすることがある。
僕は、いつもそれを「ロックンロールの希望」と呼ぶことにしている。

あなたにはそういう音楽がありますか?
世界を救うどころか変えることすらできない役立たずな音楽。
それでも、自分ひとりの心だけは確実に救う音楽。
「ロックを聴く」ということは、
そうやって、「自分を救う」ということです。
あなたの人生の断片を背負ったその音楽は、
どんな鋭いジャーナリズムや歴史的に重大なドキュメントにも絶対に負けない。

卒業式に友達から渡されたMDに入っていた歌。
昔付き合っていた人とよく一緒に口ずさんだ歌。
それがどんなに安っぽいポップ・ソングであったとしても、
その歌はきっと歴史に残る偉大な平和の歌よりも、
圧倒的な有効性でもってあなたの心を全力で救う。
それが、「ロックンロール」ということである。

Playmate Of The Year
/ Zebrahead

Zebrahead-Playmate Of The Year
14歳のサウンドトラック
 久しぶりに聴いた。アルバムを通して聴くのは6年ぶりぐらいなのに、“アイ・アム”も“プレイメイト・オブ・ザ・イヤー”も“ナウ・オア・ネヴァー”も“ワッツ・ゴーイン・オン”も、今でもほとんど完璧に歌える自分にビックリした。中学の頃、下校時に当時の唯一の友達と二人で、ジャスティンとアリのそれぞれのボーカル・パートに分かれてよく大合唱していた。友達の方は中学時代からすでに英語がペラペラで、男の僕から見ても明らかにかっこよくて、スポーツもできて、実際に女の子からモテまくっていた。僕は、席替えで近くの席になった女の子から露骨に嫌な顔をされるようなやつだった(嫌がる声も聞こえた)。僕の触ったものは不潔だとでも言うかのように、僕から渡されたプリントを毎日嫌々受け取っていた後ろの席の女の子の汚物でも見るかのような表情は今でも忘れない。なんであいつがいつも一緒にいてくれたのか、今考えてもよくわからない。ただ、お互いがロックの話を真剣に語り合える唯一の友達だったことだけは間違いない。それだけで繋がっていた友情だったし、ロックの話以外は、ほとんどしたことがなかった。
 小学校低学年のヤンチャな男の子が意味もなく「ちんこ」「うんこ」を連発して爆笑しているのと大差ないノリで音楽をやっているゼブラヘッドを、「軽い」「明るいだけ」「中身がない」と批判するのは簡単だ。ジャスティンが脱退して「これからどうなるんだろう」と不安になったこともあるけれど、新しいボーカルを入れても相変わらずの芸風で突っ走っている彼らを見ていると、僕はなんだか希望みたいなものが体の奥の方から湧いてくるのを感じる。たいした知識も教養もない中学男子が何も考えずに口ずさめる彼らのお気楽な歌が教えてくれた「ポップ」の意味は、絶対に間違っていなかったと今でも断言することができる。クラスのほぼ全員を見下すことでただ耐え続けた憂鬱な中学校生活の帰り道にゼブラヘッドの「ポップ」を口ずさむことは、僕の首の皮一枚の「生命力」だった。少し大袈裟だったかもしれない。でも、思春期ってやつはそもそも大袈裟なものだと思っているし、僕はいつになく大真面目だ。
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